リホーミングとは何か ― 「安楽死一択」からの転換
日本実験動物医学会 JALAM のコラム「実験動物の里親制度」は、まず日本の現状を次のように説明しています。実験動物は原則として実験終了後に安楽死されてきたが、近年になって一部の犬などで「里親を探して家庭に戻す制度」が生まれてきた、という指摘です(*1)。(jalam.ne.jp)
記事では、酪農学園大学から譲渡された元実験犬「しょうゆ」などの事例や、製薬企業が実験後の犬の里親を探し始めていることが紹介され、「必ず処分しなければならない実験ばかりではなく、健康面に問題がなければ家庭犬として暮らせる個体もいる」と現場の声が引用されています(*1)。(jalam.ne.jp)
一方で、すべての動物を譲渡できるわけではなく、「どの個体を生かし、どの個体を安楽死させるか」という“命の選別”が従事者の精神的負担になり得ることも同じコラムで強調されています(*1)。(jalam.ne.jp)
(ここまでの説明は、JALAM コラムの内容と、一般的な3Rs・動物実験実務に関する私の内部知識を合わせて整理したものです。)
国際的なリホーミングの全体像:どれくらいの動物が譲渡されているのか
FELASA 調査:ヨーロッパを中心とした 97 施設で 3 年間に 3,830 頭
ヨーロッパの実験動物科学学会連合(FELASA)が 2023 年に公表した国際アンケートは、リホーミングの「大まかな規模感」と「対象種の内訳」を把握できる貴重なデータです(Survey among FELASA members about rehoming of animals used for scientific and educational purposes)(*2)。(PMC)
この調査では、FELASA 加盟団体を通じて集めた 100 件の有効回答のうち、実際にリホーミングを行っていない 3 件を除いた 97 施設のデータを分析しています。その結果、直近 3 年間に合計 3,830 頭の実験動物がリホーミングされたことが報告されています(*2)。(PMC)
さらに、今後 3 年間で 5,631 頭のリホーミングが計画されているとされており、少なくともこの回答施設群では、リホーミングの件数が増加傾向にあることが読み取れます(*2)。(PMC)
種別の割合:ニワトリとマウスが約 6 割、犬・ラット・猫がこれに続く
同論文の表 1 によると、過去 3 年間にリホーミングされた 3,830 頭の種別内訳は次の通りです(数値は概略)*2。(PMC)
- 家禽(主にニワトリなどの domestic fowl):1,137 頭(約 30%)
- マウス:1,114 頭(約 29%)
- 犬:504 頭(約 13%)
- ラット:437 頭(約 11%)
- 猫:142 頭(約 4%)
- その他、淡水魚、ミニブタ、ウマ、フェレット、ウシ、ウサギ、モルモット、サル類などが少数ずつ
つまり、頭数ベースではニワトリなどの家禽とマウスが全体の約 6 割を占め、その後に犬・ラット・猫が続く構造になっています。
一方、「何種類の施設がどの種をリホーミングしているか」という観点から見ると、最も多くの施設でリホーミングされていたのはラット・犬・マウス・猫であり、これらの種は「多くの施設で少数ずつ」譲渡されている傾向にあります(*2)。(PMC)
成功事例:モルモット 135 頭の一斉リホーミング(オーストラリア)
オーストラリアのニューカッスル大学は、3Rs(Replacement, Reduction, Refinement)への取り組みの一環として、2023 年に研究用モルモットのコロニーをまとめて里親に譲渡したことを公表しています(*3)。(The University of Newcastle, Australia)
大学は動物保護団体 Liberty Foundation と連携し、合計 135 頭のモルモットを 3 州にまたがって家庭のペットとして譲渡しました。この取組みはニューサウスウェールズ州における研究動物リホーミングプログラムの中でも、Liberty Foundation などの関係団体から「成功率の高い事例」と評価されていると報告されています。また、大学がその後モルモットの繁殖を終了したと伝えられていますが、この点は大学公式ページでは明示されていないため、外部団体の報告に基づく情報です*3)。(The University of Newcastle, Australia)
ここでは、
- 研究機関と第三者団体が協働すること
- リホーミングと「動物数の削減(Reduction)」が連動しうること
が具体的に示されています。
法制度・政策の動き:アメリカと EU を中心に
州法レベルの「ラボから家庭へ(lab-to-lap)」法
Rise for Animals は、アメリカ各州の動物実験関連法制の変化をまとめた記事のなかで、2022 年時点で 13 州が、実験後の犬猫を家庭に譲渡することを義務付ける「ポストリサーチ・アダプション法」を持つと報告しています(*4)。(Rise for Animals)
さらに、NAVS(National Anti-Vivisection Society)は 2024 年の活動実績ページで、**「犬と猫のポストリサーチ・アダプション法を持つ州は 16 州に増えた」**と記載しています(*5)。(NAVS)
このことから、アメリカではここ数年で、州レベルの「リホーミング義務化」が着実に増えていることがわかります。
CARE Act(連邦レベルでの法案)
連邦レベルでは、「Companion Animal Release from Experiments Act(CARE Act, H.R.2878)」が 2023 年に米下院へ提出されています(*6)。(Congress.gov)
この法案案は、
- NIH の資金を受ける研究施設のうち、犬・猫・ウサギを用いる施設に
- 研究終了後、それらの動物を里親に提供するためのポリシーを定め、ウェブサイト上で公開すること
- どれだけの動物を研究に使い、そのうち何頭を譲渡したかを公表すること
を求める内容です(*6)。(Congress.gov)
まだ「提出段階」で成立はしていませんが、連邦レベルでリホーミングを義務化し、譲渡頭数の可視化まで求める方向性が打ち出されている点は重要です。
NIH の方針:推奨はするが費用は出さない
NIH 自身は、2024 年更新の「Adoption of Laboratory Animals after Research」というページで、リホーミング(adoption, rehoming)を行うかどうかは各研究機関の判断だが、NIH はその決定を支持するとしています(*7)。(grants.nih.gov)
同ページには、
- 採用する場合に考慮すべき事項(安全性・福祉・環境影響など)
- 種ごとのプログラム設計
- ロジ面や法規制への対応
をまとめたウェビナーを用意していることが記されており、一定の「技術的支援」は行っている一方で、NIH の研究費をリホーミング費用に充てることは禁止されていると明記されています(*7)。(grants.nih.gov)
つまり、政策レベルでリホーミングを後押しする動きと、予算面での制約が同居しているのが米国の現状と言えます。
リホーミングの課題:FELASA 調査が示すボトルネック
FELASA 調査は、リホーミングの「難しさ」についても多くのデータを提供しています(*2)。(PMC)
「動物がリホーミングに適さない」が最大の理由
リホーミングを行っている 97 施設に対し、どのような困難があるかを複数回答で尋ねたところ、最も多かった回答は
- 「自施設の動物はリホーミングに適さない」(47 施設)
でした(*2)。(PMC)
その背景として、論文は
- 遺伝子改変動物に対する法的制限
- バイオセキュリティ上の懸念
- 社会化が不足した個体を家庭環境に移すことでかえって福祉を損なうリスク
などが文献で指摘されていると述べています(*2)。(PMC)
里親探し・プロトコル・法規制
次いで多かった困難は、
- 適切な里親が見つからない(30 施設)
- 法的な制限がある(22 施設)
- リホーミングのプロトコルや契約書がない、または不適切(18・11 施設)
といった点でした(*2)。(PMC)
また、回答者の多くが「第三者団体と協力している、もしくは今後協力したい」と述べる一方で、第三者と組むことで機密性や世論対応に関する懸念が生じるというコメントも挙げられています(*2)。(PMC)
日本の状況:試行段階にとどまる現状
再利用とリホーミングの位置づけ(J-STAGE 論文)
J-STAGE に掲載された「Reuse of laboratory animals: a general remark from the viewpoint of animal welfare and reduction」は、実験動物の「再利用」と「リホーミング」の両方を日本の法制度と照らし合わせて論じています(*8)。
論文は、
- 一回限りで安楽死されることが多い実験動物でも、条件次第では別の実験に再利用可能である
- ただし再利用や他機関への移送は、動物に追加の苦痛やストレスを与えない範囲で慎重に行う必要がある
としたうえで、西欧では家庭や農場、動物園・水族館などへ実験動物を移す「リホーミング」の試みが行われてきたと紹介しています(*8)。
一方で、日本の「動物の愛護及び管理に関する法律」では、生涯飼養を前提とする動物とそうでない動物(実験動物など)とを区別しており、この区別がリホーミングを複雑にしていると指摘します(*8)。
また同論文は、日本における実験動物のリホーミングや再利用・移譲の試みはまだ限られており、西欧諸国ほど急速には広がっていないと結論づけています(*8)。
JALAM コラムから見える「始まりつつある動き」
先ほどの JALAM コラムも、「しょうゆ」や製薬企業の犬の里親制度といった具体例を紹介しつつ、日本ではまだ一部の犬を中心に試験的な取組みが始まった段階であることを示しています(*1)。(jalam.ne.jp)
ここで重要なのは、
- 日本の公的な法令や指針には、実験動物のリホーミングについて明示的な規定がほとんどないこと
- 現在の取組みは、大学や企業、研究者の自主的な判断と、外部団体との連携に依存していること
です。
(この部分は、上記 J-STAGE 論文の記述と、私の内部知識としての日本の動物愛護管理法・ガイドラインに関する一般的理解を組み合わせて整理しています。)
種別ごとのリホーミングの傾向
FELASA 調査や各国の事例から、種別の傾向をざっくり整理すると次のようになります(数値の根拠は主に*2,*3,*5 に拠ります)。(PMC)
- 犬・猫
- アメリカ・欧州ともに、リホーミング政策の中心となっているのは犬と猫です。
- 州法や CARE Act のような法制度も、まずはコンパニオンアニマル種から導入されています(*5,*6)。(NAVS)
- マウス・ラット
- 数としては非常に多く飼育される一方で、従来はリホーミングの対象としてあまり注目されてきませんでした。
- FELASA 調査では、過去 3 年でマウスが約 29%、ラットが約 11%を占めており、数としても施設数としても重要なターゲットになりつつあることがわかります(*2)。(PMC)
- 家禽・魚類など食用・展示系の動物
- FELASA データでは、家禽が頭数ベースで最も多く、淡水魚やウシ・ブタなども一定数リホーミングされています(*2)。(PMC)
- これらは農場や学校・展示施設などへの集団移譲という形を取りやすい一方で、「どこまでがリホーミングでどこからが“生産動物としての再利用”か」という線引きの問題があります(ここは文献から推測した私の考察を含みます)。
- モルモット・ウサギ・フェレットなど
- Newcastle 大学のように、モルモットを一斉に家庭へ譲渡した例も出てきています(*3)。(The University of Newcastle, Australia)
- サル類・イヌ科以外の霊長類
- FELASA 調査では、マカクなど霊長類も少数ながらリホーミングの対象となっていることが示されていますが、頭数も施設数も限定的です(*2)。(PMC)
- 高い知能や長寿命、疾病リスクなどから、譲渡のハードルが極めて高いグループと言えます。
日本でリホーミングを進めるための課題と論点(考察)
ここからは、上記資料と一般的な制度・倫理論を踏まえた私自身の考察を含みます(内部知識と推論を含むことを明示します)。
「適さない動物」の定義と評価軸
FELASA 調査で最多の障害が「動物がリホーミングに適さない」であったことは、日本でも同じ問題が生じることを示唆します(*2)。(PMC)
- どの程度の侵襲的実験を受けた動物までなら譲渡を検討できるのか
- 遺伝子改変動物や感染実験に用いられた動物はどのように扱うべきか
- 病歴・行動特性・ストレス耐性などをどう評価し、里親にどこまで説明するか
といった基準が、法令レベルでもガイドラインレベルでもほとんど整備されていません。
J-STAGE の論文は、日本におけるリホーミングの議論がまだ少なく、海外でも「リホーミング実務を詳細に検討した研究は多くない」と指摘しています(*8)。
そのため、日本としても欧州の FELASA 勧告や各国ガイドラインを参照しつつ、種別ごとの「適合基準」を少しずつ言語化していく必要があると考えられます。
組織内リソースと第三者団体との連携
FELASA 調査では、時間・人員不足やプロトコル・契約書の不備も大きな課題として挙げられていました(*2)。(PMC)
これを日本に当てはめると、
- 研究機関側に専任のリホーミング担当者を置くことは現実的に難しい
- 里親募集・審査・譲渡後フォローアップなどは、動物保護団体の得意領域である
ため、大学や企業が第三者団体と体系的なパートナーシップを結ぶことが鍵になります。
Newcastle 大学が Liberty Foundation と協働して 135 頭のモルモットを譲渡した事例は、まさにそのモデルケースです(*3)。(The University of Newcastle, Australia)
日本でも、実験動物の特性に理解がある団体と、長期的な協定を結び、「施設内での評価・健康チェック」までは研究機関が担い、その後のマッチング・フォローは外部団体が担うという役割分担が現実的でしょう。
法制度の「グレーゾーン」を埋める
J-STAGE 論文が指摘するように、日本の動物愛護管理法は「終生飼養を前提とする動物」と「そうでない動物」を区別しており、後者に属する実験動物のリホーミングは、法的な位置づけが明確とは言えません(*8)。
今後、少なくとも以下のような整理が必要だと考えられます(ここは私の提案です)。
- 実験終了後に譲渡された時点で、個体は「一般の愛護動物」として扱う
- その際、実験施設は「譲渡時点での健康状態・既往歴・行動特性」を一定の様式で説明する義務を負う
- 遺伝子改変など、譲渡に特別なリスクがある個体は原則として譲渡対象外とし、その理由を施設内で記録する
このような枠組みを、指針レベルでもよいので明文化しておくことが、現場の不安を減らし、リホーミング件数を増やすうえで重要だと思われます。
透明性とデータ公開:日本版「見える化」が必要
CARE Act の文案では、研究施設に対し、
- 使用した犬・猫・ウサギの頭数
- そのうち何頭を譲渡したか
をウェブサイトで公開することを求めています(*6)。(Congress.gov)
FELASA 調査も、リホーミングの頭数や種別内訳を定量的に示すことで、「全体のどのくらいが譲渡されているのか」を初めて可視化しました(*2)。(PMC)
日本では、そもそも実験動物のリホーミング件数や対象種の統計が存在しないため、議論が感覚的になりがちです。JALAM や学会レベルで、まずは
- 犬・猫・ウサギ・モルモットなど主要種について
- 「年間に何頭譲渡されたか」「全実験動物数のうち何%か」
といった統計の収集を始めるだけでも、議論の質は大きく変わるはずです(この指摘は、上記資料を踏まえた私の提案です)。
まとめ:日本でリホーミングを前に進めるために
以上の文献から見えてくるポイントを整理すると、次のようになります。
- 国際的には、リホーミングはすでに「例外的な善意」から「制度として整備すべき選択肢」へと移行しつつある。
- FELASA 調査によると、97 施設で 3 年間に 3,830 頭、今後 3 年で 5,631 頭のリホーミングが予定されている(*2)。(PMC)
- 犬猫だけでなく、マウス・ラット・家禽・魚類など多様な種が対象になりつつある。
- アメリカでは州法レベルで犬猫のリホーミング義務を課す州が 16 州に達し、連邦レベルでも CARE Act によって可視化と adoption ポリシーを求める動きが出ている。(*5,*6,*7)(NAVS)
- オーストラリア・ニューカッスル大学のように、第三者団体と協働し、モルモット 135 頭を一斉譲渡するといった成功例も生まれている。(*3)(The University of Newcastle, Australia)
- 日本では、JALAM コラムや J-STAGE の論文が示す通り、まだ試験的な取り組みが中心であり、制度的な裏付けや統計データは乏しい。(*1,*8)(jalam.ne.jp)
- 今後の日本の課題としては、
- 種別ごとの「リホーミング適合基準」の整理研究機関と動物保護団体の長期的パートナーシップ構築実験動物の譲渡件数・対象種に関する統計整備と公開法制度上の位置づけ(譲渡後は一般の愛護動物として扱う等)の明確化
参照リスト
- 実験動物の里親制度|JALAM 日本実験動物医学会(2021年8月2日).
発行元:JALAM 日本実験動物医学会
https://jalam.ne.jp/column/21-2/ - Claes, N. et al. “Survey among FELASA members about rehoming of animals used for scientific and educational purposes.” Laboratory Animals, 2023.
発行元:FELASA / Laboratory Animals(PMC掲載)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10568943/ - Replacement, Reduction and Refinement / Animals in Research and Teaching.
発行元:The University of Newcastle, Australia(2025年 時点ページ)
https://www.newcastle.edu.au/research/support/services/animal-ethics/replacement-reduction-and-refinement - Protecting Animals & Modernizing Science.
発行元:Rise for Animals(2025年更新)
https://riseforanimals.org/news/protecting-animals-modernizing-science/ - Our Impact in Laws & Policies.
発行元:National Anti-Vivisection Society(NAVS)(2024年実績)
https://navs.org/our-impact/in-laws-and-policies/ - H.R.2878 – Companion Animal Release from Experiments Act of 2023(CARE Act).
発行元:U.S. Congress, Congress.gov
https://www.congress.gov/bill/118th-congress/house-bill/2878/text - Adoption of Laboratory Animals after Research.
発行元:National Institutes of Health(NIH) Grants & Funding(最終更新 2024年9月10日)
https://grants.nih.gov/policy-and-compliance/policy-topics/air/adoption - Kunita, S., Suzuki, M. “Reuse of laboratory animals: a general remark from the viewpoint of animal welfare and reduction.” Experimental Animals, Vol.71 Supplement, S7-1.
発行元:Japanese Association for Laboratory Animal Science(J-STAGE PDF)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/expanim/71/Supplement/71_71suppl-S7/_pdf

