世界各地でクジラをめぐる状況は、この数年で大きく変化しています。海洋生態系の重要種であり、文化・経済・科学の観点からも多様な価値を持つクジラですが、生息環境の悪化や座礁・衝突事故、混獲、資源管理の不確実性などの課題はむしろ増加しています(*2)。一方で、日本、ノルウェー、アイスランドなどの捕鯨国では、依然として各国の方針にもとづいた捕獲が行われ、国際世論は二極化しています。
本稿では、2020年以降の公開情報をもとに、(1)世界の保全動向、(2)捕獲されているクジラの種と数、(3)日本の状況、(4)残る課題と今後の方向性を整理し、現在地を明らかにしたいと思います。
世界の潮流:クジラ保護は「国際ルール+科学データ」への依存度が増す(*3)
2020年代の国際的な流れとして最も顕著なのは、クジラ保全が科学データと国際協調を基盤に再編されつつある点です。
IWC(国際捕鯨委員会)は、長期にわたり商業捕鯨モラトリアムを維持しつつ、科学委員会(Scientific Committee)を中心に資源状態の評価を継続しています。例えば POWER(北太平洋の系群調査)では、各種の個体数推計や移動パターンが明らかになっています(*4)。
また WWF・NOAA・CMS など複数の機関が2020年代以降、新たな脅威として
- 船舶衝突(ship strikes)
- 混獲(bycatch)
- 海洋騒音・汚染
- 回遊ルートの断片化
を明確に指摘しており、捕鯨だけに焦点を当てた議論は後退し、「総合的な生息環境の悪化」が政策の中心に移りつつあります(*5)。
中でも北大西洋セミクジラ(North Atlantic Right Whale)は、米国NOAAによって絶滅危惧の最上位に置かれ、すでに500頭を大きく下回る水準にあります(*6)。この種は捕鯨ではなく、混獲や衝突事故が主要因で減少しており、保全戦略の軸足が変化していることを示す象徴的な事例です。
捕獲数と捕獲種:国際捕鯨委員会の統計が示す2020年代の特徴(*7)
IWCやNAMMCOの公開データによると、2020年代に捕獲されている主な種は以下の通りです:
- ミンククジラ(北大西洋・北太平洋)
- ナガスクジラ(限定的)
- シロナガスクジラ(捕獲なし)
- ザトウクジラ(捕獲なし)
- 小型鯨類(国別の扱いにより分類が異なります)
ノルウェー
ノルウェーは現在世界最大の捕鯨国であり、毎年500~700頭規模のミンククジラを捕獲しています(*8)。ノルウェーはIWCの商業捕鯨モラトリアムに「異議申し立て(objection)」を行っているため、国内管理にもとづき捕獲枠を設定しています。
※補足:枠は2025年1,406頭へ増枠。実捕獲は年により大きく変動し、需要減で枠を下回る傾向
日本
日本は2019年のIWC脱退後、沿岸水域に限定した商業捕鯨を再開しました。対象種は主に
- ミンククジラ
- ニタリクジラ
- イワシクジラ
- ナガス(2024年30頭:捕鯨をめぐる情勢)
であり、年間の捕獲上限は年間約300頭前後で維持されています(*9)。
捕獲枠の根拠については、環境省・水産庁が公表する資源評価をもとに、「水産資源保護法」や「商業捕鯨管理規則」等の国内法令に準じて設定されています。さらに、国際的にはIWC(国際捕鯨委員会)が策定した「改訂管理方式(RMP:Revised Management Procedure)」や科学委員会のガイドライン等の科学的根拠・国際基準が広く参照されており、これらとの整合性や運用の透明性についても国際社会から注視が続いています。
グリーンランド(先住民生存捕鯨)
IWCが認める 先住民生存捕鯨(ASW)では、ナガスクジラ、ザトウクジラ、セミクジラなどの捕獲枠が存在します(*10)。ASWは商業目的ではなく、文化的・栄養の必要性が要件となりますが、近年は「規模拡大」や「販売の商業化」をめぐり議論が続いています。
フェロー諸島(小型鯨類)
独自制度の下、ゴンドウ類などの捕獲が行われていますが、その管理体制や倫理性には国際的な議論があります(*11)。
日本の状況:商業捕鯨再開と国際的な評価のズレ(*12)
日本は2019年のIWC脱退により、国際ルール(モラトリアム)の枠外で商業捕鯨を行う唯一の国となりました。この判断は国内では「資源管理による持続的利用」と説明されますが、国際社会からは
- 透明性の不足
- 経済的採算性の低さ
- 需要の低迷
が指摘され続けています(*13)。
一方で、捕鯨問題は国際政治の緊張を孕む領域であり、IWCでも近年、捕鯨国・非捕鯨国の対立が再燃しています。ただし、世界的な潮流としては捕鯨の存続云々よりも、衝突・混獲・生息環境の悪化といった「非捕鯨要因の脅威」の比重の方が著しく大きいことが、研究者・政府機関の共通認識となりつつあります(*14)。
補足|日本の捕鯨産業の実態:操業・収支・需要の現状
2025年12月のみなと新聞の捕鯨特集によると、国内最大手の共同船舶は、2022〜23年度に黒字化したものの、2024年度は赤字に転じた。新母船「関鯨丸」の就航に伴う固定費増が影響している。
今年の生産量は目標を下回り、鯨体の小型化や生息域の変化、しけによる操業日数減少など環境要因が重なったとされる。加えて、国内需要の低迷を背景に、捕獲枠を必ずしも満枠消化しない姿勢も示されている。
[考察]
これらの事実は、日本の商業捕鯨が「資源評価にもとづく捕獲」という理論とは別に、海洋環境変動・操業リスク・需要縮小・固定費増大という経済的制約に直面していることを示している。
これは捕鯨の是非を超え、近年国際的に重視されている「非捕鯨要因(気候変動・生息域変化)」が、実際の捕獲量や経営に直接影響を与えている事例とも読み取れる。
保護の鍵:移動ルート(Blue Corridors)と海洋空間管理(*15)
2022年以降、WWFが提唱する “Blue Corridors” の概念が国際議論の中核になっています。
これは、クジラが繁殖地・採餌地を結ぶ超長距離の回遊ルートを「海の高速道路」として捉え、そこに集中する脅威(船舶・漁業・資源開発)を総合的に評価する手法です。
青い回廊上では
- 船舶速度の管理
- 航路変更
- 混獲リスクの評価
が重要で、これらはすでにNOAAやEUで政策化されています。
さらに、海洋保護区(MPA)の設定・拡張も各国が強化しており、IWCやCMSのガイドラインでは、回遊ルートのデータを活用した「動的MPA」「季節的MPA」という新しい保全アプローチが提案されています(*16)。
増える脅威:捕鯨以外の要因がクジラを追い詰める(*17)
研究機関の報告では、現在クジラの生存を脅かす主因は
- 船舶との衝突
- 混獲(大型海産物漁業・ロープ)
- 気候変動による餌資源の変化
- 海洋汚染・騒音
の四つであり、捕鯨が主たる脅威である地域は限定的になっています(*18)。
例えば北大西洋コククジラ(North Atlantic Right Whale)は、衝突やロープ絡みだけで年間数頭が死亡すると推定され、個体群の再生産力を上回る損失が続きます(*19)。その結果、米国では大型船に対する速度規制が段階的に導入されており、EUでも同様の議論が進行しています。
今後の方向性:捕鯨論争から「総合的な海洋保全」へ(*20)
2020年代の国際議論から見えてくる方向性は明確です。
- 捕鯨/反捕鯨の二項対立からの脱却
- 科学データにもとづく長期的管理
- 回遊ルートと海洋空間の再設計
- 混獲・衝突対策の強化
- 気候変動を視野に入れた保全モデルの構築
こうした流れは既に多数の国際機関が共有しており、日本を含む捕鯨国にも同じ潮流が波及することは不可避です。
クジラの保全と利用は、対立ではなく、科学・ガバナンス・社会の接点として再構築される段階に入りつつあります。
2025 Yahoo!ジャパン 販売鯨肉水銀値調査レポート 「大洋 利益に優る倫理 」を発行 LINEヤフーに鯨肉製品の全面撤去を求める
EIAのクジラ肉調査に協力し、ヤフージャパンにおけるイルカ肉・クジラ肉の販売に関する調査レポート「大洋 利益に優る倫理 ヤフージャパンがクジラとイルカの製品の販売を中止すべき理由とは」を発行しました。
この調査についての詳細
Yahoo! Japanが鯨肉を販売し続ける理由|水銀汚染と企業責任をEIA調査で検証 をご覧ください。
レポートは、下記でお読みいただけます。ぜひご一読ください。
お勧め記事
・イルカ&クジラ・アクション・ネットワーク ニュース 2026年1月号
佐久間淳子さんの報告によると、ナガスクジラの将来は楽観できず、ミンククジラは主にオホーツク海で捕獲されているようです。かつて希少個体群がいるとして調査捕鯨の対象外だった海域だけに、問題はないのか懸念されます。
さらに、捕鯨管理のずさんさは他の水産資源管理にも共通しており、真田康弘さんのワシントン条約会議報告でも明らかになっています。ぜひご覧ください。
⇒ 🐋イルカ&クジラ・アクション・ネットワーク ニュース 2026年1月号
クジラ保護の最前線:論争から「総合的な海洋保全」へ

イルカ・クジラカテゴリ記事
参照リスト
- IWC Total Catches / International Whaling Commission / https://iwc.int/management-and-conservation/whaling/total-catches
- IWC SOCER Report / International Whaling Commission / https://iwc.int/management-and-conservation/environment/socer-report
- Conservation Biology: Whale conservation trends / Wiley / https://conbio.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/cobi.14090
- WWF Global Whale Initiative / WWF / https://wwfwhales.org/wwf-protecting-whales-dolphins-initiative
- NOAA North Atlantic Right Whale / NOAA Fisheries / https://www.fisheries.noaa.gov/species/north-atlantic-right-whale
- IWC POWER Program / International Whaling Commission / https://iwc.int/management-and-conservation/international-research-programmes/power/iwc-power-reports
- WWF EU Whale Migration Map / WWF EU / https://www.wwf.eu/?6006841%2FWhales-face-increasing-dangers-on-migratory-superhighways-new-map-shows
- CMS Guidelines (Safe release) / CMS–WWF / https://wwfwhales.org/resources/report-cms-guidelines-safe-handling-release
- Ship strike study / Guardian / https://www.theguardian.com/environment/2024/nov/21/reduce-whale-ship-strikes-ocean-surface-safer-study
- Japan Fisheries Agency Whale Information / Japanese Government / https://www.jfa.maff.go.jp/e/whale/
- IWC Commercial Whaling / International Whaling Commission / https://iwc.int/management-and-conservation/whaling/commercial
- IWC Aboriginal Whaling Table / International Whaling Commission / https://iwc.int/management-and-conservation/whaling/aboriginal/table_aboriginal
- IWC Objection Table / International Whaling Commission / https://iwc.int/management-and-conservation/whaling/aboriginal/table_objection
- FAO Capture Fisheries Data / FAO / https://www.fao.org/fishery/en/collection/capture?lang=en
- Marine Mammal Catch Database / NAMMCO / https://nammco.no/marine-mammal-catch-database/
- Faroese Whaling Statistics / Faroe Government / https://www.whaling.fo/en/regulated/450-years-of-statistics/catches
- Norway Ministry (Whaling Policy) / Norwegian Government / https://www.regjeringen.no/en/topics/food-fisheries-and-agriculture/fishing-and-aquaculture/kval-og-sel/whaling/id2001553/
- Iceland Whaling Information / WDC UK / https://uk.whales.org/our-goals/stop-whaling/whaling-in-iceland/
- Sea Around Us (Marine Data) / UBC / https://www.seaaroundus.org/data/
- Global Cetacean Bycatch Study / NOAA / https://www.fisheries.noaa.gov/resource/document/worldwide-bycatch-cetaceans-evaluation-most-significant-threats-cetaceans











