――世界の潮流、日本の課題、そして私たちの選択
家畜農場の記録映像・写真アーカイブ
はじめに:動物福祉とは「思いやり」ではなく「社会構造」の問題です
「動物福祉(アニマルウェルフェア)」という言葉は、しばしば「かわいそうな動物を守る」「人に優しく扱う」といった感情的な文脈で語られがちです。しかし、実際の動物福祉は、個人の善意だけで解決する倫理問題ではありません。畜産経済、消費行動、貿易政策、環境負荷、企業経営が複雑に絡み合う社会構造の問題であり、私たちの暮らしそのものが問われています(*1)(*2)。
工場制畜産の拡大、価格競争、グローバルな原料調達、そして「安さ」を重視する消費文化は、すべて家畜福祉と直結しています。家畜福祉の問題は、どのような社会を選択するのかという問いそのものなのです。
世界の食肉需要は拡大し続けています
OECDとFAOが共同で公表した長期見通し「Agricultural Outlook 2025–2034」によれば、今後10年間で世界の肉類消費量は約4,790万トン増加すると予測されています(*3)。増加の中心はアジア諸国と新興国であり、都市化と所得の上昇に伴って動物性食品への需要が高まっています。
一方で、欧米や日本といった高所得国では、牛肉・豚肉の消費は横ばい、あるいは微減傾向にあり、鶏肉や植物由来食品へのシフトが進んでいます(*4)。この結果、
需要は新興国で拡大し、動物福祉意識は主に先進国で高まる
というねじれた構造が生まれています。規制が弱く、コスト競争が激しい国に生産が集中することで、動物の苦痛が「国境を越えて移転」する現象も指摘されています(*3)(*5)。
家畜は「命」ではなく「在庫」として扱われています
現代の畜産は、動物を「個体」ではなく「生産単位」として管理します。産卵効率が下がった採卵鶏、乳量が低下した乳牛、成長が遅い肉用家畜は「採算が合わない」と判断され、淘汰の対象となります。
その結果、
- 強制的な妊娠・出産
- 断尾、去勢、嘴切りなどの身体改変
- 密飼育・運動制限
- 市場価値を失った動物の早期処分
が、日常的に繰り返されています(*5)。
国際的な最低基準として「5つの自由」が示されていますが、これは最低ラインの苦痛軽減にすぎず、命を大量生産・大量処分する構造そのものを変えるものではありません(*5)。
国際基準と日本の制度
国際機関WOAH(旧OIE)は、飼養・輸送・屠畜における動物福祉基準を国際標準として定めています(*5)。
日本でも農林水産省が家畜飼養管理指針を定め、国際基準との整合性を示していますが、法的拘束力は弱く、努力義務にとどまっています(*6)。
一方、欧州連合(EU)では、
- ケージ飼育の制限
- 妊娠ストールの段階的廃止
- 動物福祉義務の明文化
が法制度の中に組み込まれており、日本との差は年々拡大しています(*7)(*8)(*9)。
企業の取り組み――「進歩」か「演出」か
グローバル企業は動物福祉に関する方針を相次いで発表していますが、「公表しているか」よりも「何が変わったか」が重要です。
たとえば米マクドナルドは、自社のサステナビリティ報告書で妊娠ストールの廃止率やサプライチェーンの改善状況を数値で公表しています(*10)。
しかし、日本では一部商品・一部ブランドに限られ、全国的な普及には至っていません。企業単位での取り組みに依存しており、業界全体としての底上げには至っていないのが現実です(*11)。
ヒューマンウォッシュという問題
近年、
- 「動物に配慮」
- 「人道的な飼育」
- 「ストレスフリー」
といった表現が氾濫していますが、これはヒューマンウォッシュ(Humane-washing)と呼ばれます。環境分野のグリーンウォッシュと同様に、部分的な改善や曖昧な表現を強調し、実態以上に人道的であるかのように見せる手法です(*12)(*13)。
実質的な改善と評価するためには、
- 数値目標
- 期限の明示
- 第三者認証
が不可欠です。これがなければ、それは単なる好印象戦略に過ぎません。
技術・経済・環境のジレンマ
経済
福祉向上はコストを伴い、最終的には価格に反映されます。安価な畜産物を求める市場と福祉改善は、構造的に対立します(*3)。
技術
AI監視やセンサー導入は一定の効果を持ちますが、「管理技術だけ高度化し、苦痛構造が不変」という事態も起こりえます。
環境
福祉改善だけでは温室効果ガスや水資源消費は減りません。畜産由来排出は世界的に問題視されており、飼養規模そのものの抑制が不可欠であると指摘されています(*14)(*2)。
EUの最前線:構造改革が進む地域
EUはFarm to Fork戦略の下で、
- 福祉ラベル制度
- 補助金による誘導
- 輸入品への基準適用
を進めています(*7)(*8)。
これは動物福祉を「倫理」ではなく「制度」として扱うアプローチであり、日本との差を明確に示しています。
私たちにできること
- 知ること
- 選ぶこと
- 減らすこと
- 声を上げること
代替タンパク市場は急速に成長しており、すでに「選択肢」は存在しています(*15)。
結論:家畜福祉は社会の「倫理の鏡」です
この問題は、動物の問題である以上に、人間社会そのものの問題です。
「安さ」の裏で失われたものは何か。
「便利さ」の背後で、どんな命が犠牲になってきたのか。
家畜福祉とは、未来にどのような社会を残すかという問いなのです。
アニマルウェルフェアの不都合な真実

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BBFAW 2024が示す世界の畜産動物福祉と“大西洋ギャップ”
参照サイト
1.OECD Guidelines for Multinational Enterprises
発行元:OECD
URL:https://www.oecd.org/corporate/mne/
2.The Environmental Impact of Food Production
発行元:Our World in Data
URL:https://ourworldindata.org/environmental-impacts-of-food
3.OECD-FAO Agricultural Outlook 2025–2034
発行元:OECD / FAO
URL:https://www.oecd.org/en/publications/2025/07/oecd-fao-agricultural-outlook-2025-2034_3eb15914.html
4.Meat Chapter – OECD-FAO Agricultural Outlook 2025–2034
発行元:OECD / FAO
URL:https://www.oecd.org/en/publications/2025/07/oecd-fao-agricultural-outlook-2025-2034/full-report/meat_5462e384.html
5.Animal Welfare Standards
発行元:WOAH(世界動物保健機関)
URL:https://www.woah.org/en/what-we-do/standards/
6.アニマルウェルフェアについて
発行元:農林水産省
URL:https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/animal_welfare.html
7.EU Farm to Fork Strategy
発行元:欧州委員会
URL:https://food.ec.europa.eu/horizontal-topics/farm-fork-strategy_en
8.Common Agricultural Policy (CAP)
発行元:欧州委員会
URL:https://agriculture.ec.europa.eu/common-agricultural-policy_en
9.EU Animal Welfare Legislation
発行元:欧州委員会
URL:https://food.ec.europa.eu/animals/animal-welfare/legislation_en
10.Purpose & Impact Report 2024–2025
発行元:McDonald’s
URL:https://corporate.mcdonalds.com/content/dam/sites/corp/nfl/pdf/McDonalds_PurposeImpact_ProgressReport_2024_2025.pdf
11.OECD Guidelines for Responsible Business Conduct
発行元:OECD
URL:https://mneguidelines.oecd.org/
12.動物福祉に対する批判/ヒューマンウォッシュ
発行元:Wikipedia(日本語版)
URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/動物福祉#家畜福祉に対する批判
13.Humane-washing: Misrepresenting Animal Welfare
発行元:Ethical Consumer
URL:https://www.ethicalconsumer.org/food-drink/what-humane-washing
14.Global Livestock Environmental Assessment Model (GLEAM)
発行元:FAO
URL:https://www.fao.org/gleam/en/
15.Alternative Proteins Market Overview
発行元:FAIRR Initiative
URL:https://www.fairr.org

