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動物愛護法改正と業界の本音

目次

― ペット・動物実験・畜産の各業界は何を懸念しているのか ―

はじめに

日本の動物愛護法(正式名称:動物の愛護及び管理に関する法律)は、1973年の制定以来、社会構造や価値観の変化に応じて改正を重ねてきました。近年では、動物を単なる「人の管理下にある存在」ではなく、「生命ある存在として配慮すべき対象」として位置づける考え方が、法制度の中にも明確に反映されつつあります。

とりわけ2019年改正以降は、飼養管理に関する数値基準や具体的要件が導入され、動物の扱いが「努力目標」ではなく「評価・是正の対象」へと移行しつつあります(*1)(*2)。

しかし、この変化は一様に歓迎されているわけではありません。ペット産業、動物実験関連産業、畜産業界といった「動物を業として扱う分野」では、規制強化に対する慎重な意見や懸念が繰り返し示されてきました。

業界団体は、明確な反対声明を公表することは少ないものの、中央環境審議会での発言、パブリックコメント、業界向け資料などを通じて、その立場を表明しています(*3〜*11)。本稿では、これらの資料をもとに、動物愛護法と業界との関係を構造的に整理します。


動物愛護法改正の特徴

― 理念法から、実効性を伴う規制へ

従来の動物愛護法は、理念的性格の強い法律でした。動物をみだりに殺し、傷つけ、苦しめてはならないという原則は示されていたものの、日常的な飼養管理については「適正に行うこと」とされるのみで、具体的な水準は事業者や自治体の裁量に委ねられてきました。

こうした構造に対し、中央環境審議会動物愛護部会では、飼養密度、繁殖回数、休養期間、管理者配置要件などを数値や条件として明示する議論が進められました(*1)(*2)。その結果、動物の扱いは「理念的配慮」から「具体的管理行為」へと位置づけが変化しています。

これは動物保護の観点からは前進と評価される一方で、業界側にとっては、長年の慣行や経営モデルを前提から見直す必要が生じる制度転換でもありました。


ペット関連業界の立場

― 経営維持と「規制が生む逆効果」論

ペット関連業界は、動物愛護法改正の中でも、特に犬猫の数値規制に強く反応してきました。繁殖回数や飼養頭数の上限、管理者の常駐義務などは、中小規模事業者にとって経営への影響が大きいとされています。

業界団体や関連組織は、規制強化によって「廃業に追い込まれる事業者が増える」「正規ルートで管理されない動物が増加する」といった懸念が、業界側の論理として示されてきました。(*4)(*5)。全国商工団体連合会関連の発信の中には、数値基準の導入にあたり、激変緩和を目的とした経過措置や段階的な施行が取られたことについて、「業界の声が行政に届いた結果」として紹介する記事も見られます。(*4)。

また、業界団体によるアンケートでは、数値基準案が現行の経営モデルと両立しないと考える事業者が多数を占めたと報告されています(*5)。これらの主張に共通するのは、「規制を強化すれば、かえって動物が不幸になる」という逆説的な論理です。

中央環境審議会の議事録を見ても、業界側委員が「一部の悪質業者の排除」と「業界全体の過度な萎縮」は区別すべきだと繰り返し発言していることが確認できます(*1)。


動物実験関連業界

― 科学研究と3R原則の緊張関係

動物実験を行う研究機関や、実験動物の供給・飼育、関連機器を扱う関連業界は、ペット産業とは異なる文脈で動物愛護法と向き合っています。この分野では、動物実験の是非そのものよりも、「どのように管理し、いかに苦痛を軽減するか」が主な論点です。

日本獣医師会誌や実験動物関連団体の資料では、3R原則(Replacement、Reduction、Refinement)が繰り返し強調されています(*6)(*7)。業界側は、倫理審査委員会の設置や内部規程による管理体制がすでに整備されていることを根拠に、追加的な法規制には慎重な姿勢を示しています。

また、研究分野では国際的な競争環境が存在するため、国内規制が過度に厳しくなることで研究拠点が海外へ移転する可能性があるという懸念も示されています(*8)。


畜産業界

― ガイドライン中心の対応と構造的制約

農林水産省は、畜産動物について、国際的なアニマルウェルフェア基準(WOAH 等)との整合を図りつつ、日本の畜産実態に合わせた飼養管理の考え方を示す、日本語による指針や解説資料を公表しています。これらは、畜産現場における飼養管理の考え方や改善方向を示すものであり、法律や省令のように直ちに罰則を伴う義務ではなく、指針・通知という位置づけにあります。(*9)(*10)。

そのため、これらの内容は畜産事業者に対して直ちに罰則を伴う義務を課すものではなく、現場の実情を踏まえた段階的な改善を促す仕組みとして運用されています。

畜産業界が重視してきたのは、現場での実装可能性です。飼料価格の高騰、人手不足、設備投資負担といった課題を抱える中で、急激な規制強化は経営の持続性を損なうと考えられています。

その結果、畜産動物については、動物愛護法による直接的な数値規制ではなく、行政通知やガイドラインによる段階的対応が中心となっています。


業界に共通する論理構造

三分野に共通する業界側の論理として、次の点が挙げられます。

第一に、「過度な規制は逆効果になる」という主張です(*4)(*5)。
第二に、自主規制やガイドラインを重視し、行政による一律規制を避けようとする姿勢です(*6)(*9)。
第三に、「問題は一部の悪質事業者であり、業界全体ではない」という責任の切り分けです(*1)。

これらは、規制強化に対する単なる反発ではなく、業界が自らの役割と限界をどのように認識しているかを示す論理だといえます。


制度設計上の特徴と限界

動物愛護法は、理念と規制、努力義務と罰則が混在する法律です。この構造は柔軟性を生む一方で、実効性の確保という点では課題も残しています(*2)(*11)。

数値基準をめぐる議論で施行延期や調整が行われた経緯は、動物保護と産業活動のバランスを取ることの難しさを象徴しています(*4)(*5)。


おわりに

― 社会の選択が問われています

動物愛護法をめぐる議論は、単なる業界対動物保護団体の対立ではありません。それは、動物を社会の中でどのような存在として位置づけるのか、そして経済活動と生命への配慮をどのように調和させるのかという、社会全体の価値判断に関わる問題です。

業界の論理を理解することと、それをそのまま受け入れることは同義ではありません。今後求められるのは、「現実的にできること」だけでなく、「社会としてどこまでを求めるのか」という基準を、透明な形で議論し続けることだといえるでしょう。

脚注

脚注※1:努力義務とは何か

努力義務とは、法令上「〜するよう努めなければならない」と定められる規定で、直ちに違反として罰則が科されるものではありません。一方で、行政指導や制度評価の基準として用いられることがあり、将来的な義務化や規制強化の前段階として位置づけられる場合もあります。


脚注※2:指針・ガイドラインの法的位置づけ

**指針(ガイドライン)**は、法律や政省令とは異なり、具体的な罰則を伴う法規ではありません。行政が「望ましい考え方」や「標準的な対応」を示すもので、現場の自主的な改善を促すことを目的としています。畜産分野では、現場の多様性を考慮し、指針という形式が多く用いられています。


脚注※3:法的拘束力の違い(法律・省令・指針)

動物愛護法の体系では、
法律・政省令:違反した場合に行政処分や罰則の対象となる
指針・通知:法的拘束力は持たないが、行政運用や評価の基準となる
という違いがあります。
畜産動物に関するアニマルウェルフェアは、現時点では主に後者(指針・通知)を中心に整理されています。


参照リスト

*1 環境省|中央環境審議会 動物愛護部会 議事録
https://www.env.go.jp/council/14animal/y143-03a.html

*2 環境省|パブリックコメント意見集
https://www.env.go.jp/council/14animal/900434911.pdf

*3 環境省|動物愛護法 意見概要
https://www.env.go.jp/council/content/i_10/900435365.pdf

*4 全国商工団体連合会
https://www.zenshoren.or.jp/2021/02/01/post-7734

*5 デジタルPRプラットフォーム
https://digitalpr.jp/r_detail.php?release_id=41597

*6 日本獣医師会誌
https://jvma-vet.jp/mag/06306/a2.pdf

*7 日本実験動物協会(LABIO21)
https://www.nichidokyo.or.jp/pdf/labio21/LABIO21_No49.pdf

*8 JaCVAM
https://www.jacvam.go.jp/files/news/p3.pdf

*9 農林水産省|畜産動物の飼養管理に関する指針(アニマルウェルフェア)
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/animal_welfare.html

*10 農林水産省|畜産動物の飼養管理の改善・普及に関する通知
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/animal_welfare/attach/pdf/index-1.pdf

*11 環境省|動物取扱業者遵守要請
https://www.env.go.jp/press/press_03635.html

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