世界の動物実験の現状と代替技術
動物実験は世界的に減少傾向にあり、代替技術(NAMs)が新たな標準になりつつあります。
動物実験をめぐる現代的課題と「3Rs」の原則
科学研究や製品の安全性確保において、動物実験は歴史的に不可欠な役割を果たしてきました。医薬品の開発から化学物質の毒性評価に至るまで、生命への影響を予測するための主要な手段として長年にわたり活用されてきました。しかし、現代において、この状況は大きな転換期を迎えています。動物福祉に対する社会的な関心の高まりや倫理的配慮に加え、科学技術の飛躍的な進歩が、動物を用いない新しい評価手法の可能性を切り拓いています。これにより、動物実験をより人道的かつ科学的に優れた代替法へと移行させる動きが世界的に加速しています。
このような議論の根底には、動物実験の実施に関する国際的な指導原則である「3Rs」が存在します。これは、科学的な目的を達成しつつ、動物の犠牲を最小限に抑えるための倫理的枠組みです。
• Replacement(置換え) 可能な限り、動物を使用しない実験方法(細胞培養、コンピュータシミュレーションなど)に置き換えること。
• Reduction(削減) やむを得ず動物を使用する場合でも、より少ない数の動物から、より多くの情報を得られるよう実験計画を工夫し、使用する動物の数を減らすこと。
• Refinement(苦痛の軽減) 実験期間中の動物の苦痛をできるだけ和らげること。これには、飼育環境の改善や、苦痛を伴わない実験手技の採用などが含まれます。
本記事は、公開されている統計データを基に、動物実験の国際的な現状を客観的に概観することを目的としています。特に、この分野の変革を牽引する現代的な代替技術パラダイムである「New Approach Methodologies(NAMs)」の進展とその影響に焦点を当てます。
この複雑な課題の全体像を把握するため、まずは主要国における動物実験の具体的な統計データを分析し、その実態を明らかにします。
動物実験の世界的な現状:主要国の統計データ分析
動物実験の実態を正確に把握し、代替技術への移行の進捗を評価するためには、信頼できる統計データの分析が不可欠です。各国の規制や報告制度の違いを理解しつつデータを比較することで、世界的な動向や地域ごとの特性が明らかになります。本セクションでは、詳細な統計が公開されている欧州連合(EU)、英国、そして独自の状況にある日本のデータを比較分析し、現状を多角的に掘り下げます。

欧州連合(EU)およびノルウェーの統計
2022年のEUおよびノルウェーの統計によると、科学・医療・獣医学研究に使用された動物の総数は 9,237,542匹 でした。これは前年比で 8.3%の減少 を示しており、動物使用数の削減に向けた長期的な傾向を裏付けています [1]。

動物の使用数が特に多い上位5カ国は以下の通りです [2]。
• フランス: 1,829,827匹
• ノルウェー: 1,389,148匹
• ドイツ: 1,342,404匹
• スペイン: 1,047,233匹
• ベルギー: 430,671匹
使用目的を詳細に分析すると、総使用数の90.8%にあたる8,385,397匹が実験目的で使用されました。これら実験目的で実施された8,477,845件の処置の内訳を見ると、研究開発のどの段階で動物が主に使用されているかがわかります。最も多いのは生命現象の解明などを目的とする基礎研究(36.7%)応用研究(35.3%)、そして法規制に基づき製品の安全性を確認する規制研究(13%)と続きます [3]。この内訳は、動物が基礎的な科学的知見の探求から、法的に義務付けられた安全性評価まで、研究開発の全段階で依然として重要な役割を担っていることを示しています。
英国の統計
2023年の英国(グレートブリテン)では、動物を用いた科学的処置の総件数は 2,681,686件 であり、前年から 3%減少 しました。これは 2001年以来の最低水準 であり、2015年のピーク以来続く長期的な減少傾向が継続していることを示しています [4]。なお、英国の統計は「処置(procedure)件数」で集計されており、一匹の動物が複数回処置を受ける場合があるため、使用された動物の総数とは必ずしも一致しません。

処置の目的は、大きく2つのカテゴリーに分類されます [5]。
• 実験目的: 55%(1,468,570件)
• 遺伝子改変動物の作成・繁殖目的: 45%(1,213,116件)
さらに実験目的の内訳を見ると、基礎研究が52%、応用研究が25%、規制研究が21% を占めています [6]。EUのデータと比較すると、ここで重要な差異が浮かび上がります。英国では生命科学の根幹をなす基礎研究の割合が著しく高く(52% 対 EUの36.7%)、これは英国の強力な学術研究ファンディングのエコシステムと、将来のイノベーションの源泉としての基礎生命科学研究への戦略的重点を反映している可能性があります。
日本における状況
日本の動物実験統計は、EUや英国のような法に基づく中央集計システムが存在しないため、その全体像を正確に把握することは困難です。しかし、一つの重要な指標として、公益社団法人日本実験動物協会の年間総販売数があります。このデータは、国内の研究機関で使用された動物のおおよその規模と推移を示唆します。

この報告手法の不統一という差異(不均衡で不公平な状態)は、根本的な課題を浮き彫りにします。それは、3Rsの原則、特に削減(Reduction)に関する国レベルでの進捗を正確に追跡する能力を著しく妨げ、EUや英国の集権的なシステムとの直接的かつ有意義な比較を不可能にしているという点です。
平成31年(2019年)までのデータを見ると、主要な実験動物の販売数には以下のような傾向が見られます。
| 動物種 | 平成25年(2013年) | 平成28年(2016年) | 平成31年(2019年) |
| マウス(合計) | 約500万匹 | 約600万匹 | 約550万匹 |
| ラット(合計) | 約120万匹 | 約110万匹 | 約100万匹 |
| ウサギ | 約60,000匹 | 約50,000匹 | 約45,000匹 |
| イヌ | 約8,000匹 | 約7,000匹 | 約6,000匹 |
| サル類 | 約3,000匹 | 約3,000匹 | 約3,000匹 |
| ブタ | 約10,000匹 | 約12,000匹 | 約15,000匹 |
| 注:公益社団法人日本実験動物協会の公開資料に掲載されたグラフからの概算値。 |
このデータから、マウスとラットが圧倒的多数を占める一方で、ウサギやイヌといった中〜大型の動物では減少傾向が見られます。一方で、医療研究での需要を反映し、ブタの使用数は増加傾向にあります。日本の規制については、「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)」が実験動物の福祉向上と適正な取り扱いを定めていますが、使用数の報告義務は含まれていません。
これらの統計は、国や地域によって動物実験の規模や目的、そして対象となる動物種が異なることを示しています。次のセクションでは、具体的にどのような動物種がどの程度の割合で実験に用いられているのかをさらに詳しく見ていきます。
実験に用いられる動物種とその内訳
動物実験に関する議論において、単に総数を見るだけでなく、どの動物種がどの程度の割合で使用されているかを理解することは極めて重要です。種によって社会的な受け止められ方や倫理的な配慮の度合いが異なり、また科学的な目的によって適切なモデル動物も変わるため、その内訳を分析することは、現状をより深く理解する上で不可欠です。
主要な動物種の内訳
EUと英国の統計データは、動物実験が特定の少数の種に著しく集中しているという事実を明確に示しています。マウス、魚類、ラット、鳥類の4種だけで、実験に用いられる動物全体の92%から95%以上を占めています [7]。
以下の表は、EU(2022年)と英国(2023年)における実験目的での主要動物種の構成比を比較したものです。
| 動物種 | EU (2022年, 実験目的) | 英国 (2023年, 実験目的) |
| マウス | 47.8% | 60% |
| 魚類 | 30.3% | 14% |
| ラット | 7.5% | 10% |
| 鳥類 | 6.2% | 8% |
このデータから、遺伝子改変技術の普及などを背景に、マウスが最も広く使用されている基盤的な実験動物であることがわかります。特に注目すべきは魚類の使用割合の地域差(EU 30.3% vs 英国 14%)です。EU、特にノルウェーのような国々での高い使用率は、その地域における水産養殖研究や環境毒性学(エコトキシコロジー)研究の重要性を反映している可能性が考えられます。
特別な保護対象となる動物種
法律や社会倫理の観点から、特に手厚い保護の対象とされる動物種が存在します。これには、イヌ、ネコ、ウマ、そして非ヒト霊長類(サル類)が含まれます。これらの動物種の使用は厳しく規制されており、他の種では代替できない科学的に正当な理由がある場合にのみ許可されます。

統計データを見ると、これらの特別な保護対象種が動物実験全体に占める割合は極めて低いことがわかります。EUでは全体のわずか 0.2%、英国では実験目的の処置の 1.2% に過ぎません [8]。
具体的な数を見ると、2022年のEUでは イヌが8,709匹、ネコが1,409匹、サル類が5,784匹 使用されました [9]。また、2023年の英国では イヌが3,749件、ネコが63件、サル類が2,169件 の処置が行われています [10]。これらの動物は一般的な研究に用いられるのではなく、人間に近い生理機能を持つことから特定の目的に限定されます。例えば英国では、イヌやサル類は主に規制目的で使用されており、具体的にはヒトの医薬品、歯科、獣医学用の製品や機器の安全性を試験するために用いられています。
このように、動物実験の大部分は齧歯類や魚類によって支えられていますが、倫理的な要請はすべての動物種に対して向けられています。次のセクションでは、これらの動物実験そのものを削減し、置き換えるための代替技術の進展に焦点を当てます。
動物実験代替技術の進展と影響
科学技術の進歩は、動物実験をめぐる倫理的な要請に応えるだけでなく、より質の高い、人間との関連性が高い科学データを生み出すための強力な推進力となっています。近年、「動物実験代替法」または「New Approach Methodologies(NAMs)」と呼ばれる革新的な技術群が急速に発展し、規制科学の現場にもその影響が及び始めています。このセクションでは、代替技術の具体的な内容と、それが動物使用数の削減にどれほど貢献しているかを分析します。
動物実験代替法とは?
New Approach Methodologies(NAMs)とは、「動物実験の利用を避けて化学物質の有害性やリスクを評価するための、あらゆる技術、手法、アプローチの総称」です。これには、従来の動物実験を置き換える、あるいは補完する多様な技術が含まれます。
代表的なNAMsの手法には、以下のようなものがあります。

• In vitro(イン・ビトロ)試験: 「試験管内で」という意味のラテン語に由来し、ヒトや動物から採取した細胞や組織を用いて体外で行う実験。
• In silico(イン・シリコ)試験: コンピュータによるシミュレーションや、化学物質の構造から毒性を予測する定量的構造活性相関(QSAR)モデルなどを用いる手法。
• In chemico(イン・ケミコ)試験: 細胞すら用いず、化学物質とタンパク質などの生体分子との反応を直接評価する実験。
• Read-across(リードアクロス): 評価したい化学物質と構造が非常によく似た物質の既存の毒性データを参照し、そのデータから毒性を類推評価する手法。
これらの手法は、単独または組み合わせて用いられ、動物を使わずに化学物質の安全性を評価するための新しい戦略を構築します。
代替技術による動物使用数の削減効果
代替法の導入は、実際に動物の使用数削減に目に見える効果をもたらしています。特に、試験方法が標準化されている規制分野においてその影響は顕著です。

2022年のEUにおいて、法規制への対応を目的とした規制目的での動物使用が前年比で16.2%減少しました [11]。この2桁台の減少は抽象的な傾向ではなく、特定のNAMsが規制当局に受け入れられたことの直接的かつ測定可能な成果です。具体的には、医薬品の安全性を確認するために伝統的に行われてきた「ウサギを用いる発熱性物質試験」や、貝毒の検査に用いられてきた「貝毒試験のためのマウスバイオアッセイ」といった動物試験が、公的に認められた代替法へと置き換えられたことが、この削減に大きく貢献しています。
代替法開発の進展を示す最も強力な指標の一つが、OECD(経済協力開発機構)のテストガイドラインです。このガイドラインは国際的に認められた公定法であり、一度採択されると加盟国間でそのデータが相互に受け入れられます。2023年時点で、化学物質のヒト健康影響に関する76項目のテストガイドラインのうち、40%にあたる31項目が動物を用いない試験法(in vitroまたはin chemico)となっています [12]。これは、非動物試験が科学的主流になりつつあることを示す画期的なマイルストーンです。
さらに、欧州化学品庁(ECHA)が管理するREACH規則下でのデータは、代替アプローチが実務レベルでいかに活用されているかを示しています。多くの化学物質の安全性評価において、新規に動物実験(Experimental)を行う代わりに、Read-acrossやQSARといった代替アプローチが約40〜60%を占めており、これにより数多くの新たな動物実験が回避されている実態が明らかになっています [13]。
これらの進展は、代替技術がもはや単なる理想ではなく、科学的かつ規制上有効なツールとして確立されつつあることを示しています。次のセクションでは、各国がどのようにこれらの技術の推進に取り組んでいるかを見ていきます。
主要国における代替技術推進の取り組み
動物実験代替技術の進展は、個々の研究者の努力だけでなく、各国の政府や規制機関による戦略的な推進策と国際協力によって強力に支えられています。法整備、研究開発への資金提供、そして国際的な標準化活動が一体となることで、新しい技術が研究室から規制の現場へと橋渡しされています。

米国の動向
米国では、環境保護庁(EPA)が代替技術の導入を主導しています。有害物質規制法(TSCA)では、EPAに対して「脊椎動物を用いる試験を削減・置換し、代替法の開発と導入を促進する」ことが法律で明確に義務付けられました。
この法的要請に基づき、EPAは2018年に「代替試験法を促進・開発・実装するための戦略計画」を公表しました。この計画は、新しい代替法(NAMs)を特定・開発し、その科学的信頼性を構築した上で、化学物質のリスク評価に積極的に活用していくという3つの柱から構成されており、具体的な行動計画に沿って取り組みが進められています。
欧州連合(EU)の動向
EUは、「動物実験の完全な廃止」を最終目標として掲げ、世界で最も先進的な取り組みを行っています。その活動の中核を担うのが、EU動物実験代替法リファレンスライブラリー(EURL ECVAM)です。ECVAMは代替法の開発と妥当性評価を専門とする機関であり、最近では、内分泌かく乱化学物質を特定するための18種類のin vitro試験法を検証し、OECDでの国際的な承認に向けて提出しました。
さらに、EUは官民パートナーシップを通じた大規模な共同研究にも力を入れています。総額4億ユーロを投じる「PARC(化学物質リスク評価のためのパートナーシップ)」では、28カ国から200の研究機関が参加し、動物を用いない次世代のリスク評価手法の構築を目指しています。こうした戦略的投資が、EUのリーダーシップを支えています。
日本の取り組みと課題
日本もまた、動物実験代替法の分野で国際社会に大きく貢献してきました。国立医薬品食品衛生研究所に設置されたJaCVAM(日本動物実験代替法評価センター)皮膚感作性試験や眼刺激性試験に関する複数の手法は、JaCVAMによる評価と国際協力活動を経て、OECDテストガイドラインとして採択され、世界中で利用されています。
国内の規制当局も代替法の導入に前向きです。医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、医薬部外品や化粧品の安全性評価に動物実験代替法を活用するためのガイダンスを複数発出し、企業が動物実験を行わずに製品の安全性を証明するための道筋を示しています。

一方で、課題も指摘されています。JaCVAMの資料によると、日本は3Rsの原則を尊重しているものの、代替法の開発や導入に関するビジネス戦略や行政の支援体制が欧米に比べて後手に回っている可能性があります。国際的な競争力を維持し、この分野でリーダーシップを発揮し続けるためには、より戦略的な投資と産官学の連携強化が求められます。
各国のアプローチには違いがあるものの、動物実験からの脱却という大きな方向性は共通しています。レポートの最後では、これらの動向を踏まえた未来への展望を考察します。
結論:未来への展望
このように、動物実験をめぐる状況は世界的に大きな変革の途上にあります。依然として世界中で数百万単位の動物が科学研究のために使用されているという事実は重い現実です。しかし同時に、公開されている統計データは、特にEUや英国の規制分野において、動物使用数が明確な減少傾向にあることを示しています。これは、長年にわたる3Rsの推進と代替技術への移行努力が着実に成果を上げている証左と言えるでしょう。

特に重要なのは、動物実験代替技術(NAMs)の開発と規制当局による受容が、もはや単なる理念ではなく、具体的な科学的パラダイムシフトとして進行している点です。OECDのテストガイドラインの40%が非動物試験法で占められるに至った事実は、この変化がグローバルな標準となりつつあることを象徴しています。コンピュータシミュレーション、細胞培養、そして最先端のオルガノイド技術などが、動物を用いることなく、より人間への関連性が高いデータを提供する手段として確立されつつあります。
動物実験の完全な廃止という最終目標を見据えるとき、未来への道筋は二つの異なる課題を提示しています。一つは、規制分野のように評価項目が明確な領域において、検証済みのNAMsの導入をさらに加速させることです。もう一つは、より複雑で長期的な挑戦として、結論が予測できない探索的な基礎研究の領域で、動物モデルをいかにして置き換えていくかという課題です。
国際的な政策協調、科学技術の革新、そして動物福祉を求める社会的な要請という3つの潮流が一体となり、科学のあり方を未来へと推し進めています。私たちは、動物の犠牲を最小限に抑えながら、より質の高い科学的知見を追求するという、より洗練された科学の時代へと着実に歩みを進めているのです。
Reference
• [2] https://www.understandinganimalresearch.org.uk/news/eu-wide-animal-research-statistics-2022/
• [3] https://www.understandinganimalresearch.org.uk/news/eu-wide-animal-research-statistics-2022/
• [9] https://www.understandinganimalresearch.org.uk/news/eu-wide-animal-research-statistics-2022/
• [12] https://www.jacvam.go.jp/files/activity/2023-1.pdf, p. 57
• [13] https://www.jacvam.go.jp/files/activity/2023-1.pdf, p. 32

