はじめに:熊胆汁用飼育とは何か
熊胆汁用飼育(bear bile farming)は、アジアを中心に伝統医学の需要を背景として行われてきた慣行です。熊の肝臓から分泌される胆汁には、ウルソデオキシコール酸(UDCA)という成分が含まれ、肝臓病や胆石などに効能があると信じられてきました。しかしこの胆汁は、熊を狭い檻に閉じ込め、体内に管を入れて継続的に「採取」するという極めて残酷な方法で得られてきました。多くの熊が一生涯を通じて小さなケージに閉じ込められ、深刻な身体的・心理的苦痛を受けているという指摘が国際的にあります。これらの慣行は動物福祉の観点から強い批判を受けています。(*1)
世界動物保護団体・World Animal Protectionによりますと、中国、ベトナム、韓国、ラオス、ミャンマーなどで熊胆汁用飼育が伝統的に行われていましたが、多くの国で改善と禁止に向けた動きが進んでいます。現在は中国が最大規模で商業的に存続している一方、ベトナムは2005年に法的に禁止し、韓国は2026年に全廃することになりました。(*2)
韓国での熊胆汁飼育禁止に至る経緯
■ 熊胆汁産業の歴史
韓国における熊胆汁用飼育は、1980年代初めに始まったとされています。初期は東南アジアから熊を輸入し、農家が伝統医薬品や滋養強壮食品として胆汁を採取するために飼育していました。(*3)
当時は数十の農場で、多い時期には1000頭を超える熊が飼育されていましたが、動物福祉意識の高まりや代替医薬品の普及、国民の倫理観の変化とともに、その数は徐々に減少していきました。
■ 動物保護団体の運動と国際的批判
2000年代以降、韓国国内外の動物愛護団体や国際NGOが熊胆汁飼育の残酷さを批判し、政府に改善を求める活動を続けてきました。World Animal ProtectionとGreen Korea Unitedなどが2003年頃からキャンペーンを展開し、世論喚起や法改正のロビー活動を行ってきました。(*2)
この動きは韓国社会における意識の変化をもたらし、地域メディアや国際報道でも「動物福祉の象徴的事例」として取り上げられるようになりました。
■ 法改正と合意プロセス
この議論はついに政策決定につながり、2022年に政府、熊農家団体、動物保護組織との間で合意が成立しました。その合意により、熊の飼育、繁殖、胆汁の採取を2026年1月1日から全面禁止することが決まりました。(*4)
政府は既存の農家が熊を手放す期間を設定し、動物福祉団体が熊の保護と購入を担う仕組みを整えました。禁止後に違反した場合には、5年以下の懲役が科される可能性があるという厳格な罰則も法改正により導入されました。(*5)
熊の保護・保全施設の整備と課題
■ 新たな保護施設の建設:2拠点体制による公営保護施設の整備
韓国政府は、行き場を失う約300頭の熊を受け入れるため、2か所の公営保護施設を整備する計画を進めています。
- 第1施設:求礼(クレ)熊保護施設 2025年9月に全羅南道で完成した、韓国初の熊専用保護センターです。最大49頭を収容できる「緊急避難・先行モデル」として、すでに21頭の熊が転送されています(*6)。
- 第2施設:舒川(ソチョン)野生動物保護施設(通称:ベア・マル) 忠清南道に建設中の「本格的な大型受け皿」です。収容能力は約70〜80頭と大きく、2026年から2027年にかけての全面稼働を目指しています。
■ 保護キャパシティと移管の課題
これらの施設は、救出された熊が尊厳ある余生を送ることを目的としていますが、2拠点を合わせても収容枠は約130頭にとどまります。現在も約200頭近い熊が民間農場に残されており、全頭を受け入れるためのキャパシティ不足が深刻な課題です(*6)。政府は民間保護施設や国内外の動物園との連携を検討していますが、安定した受け皿づくりにはさらなる時間を要する見通しです。
世界の熊胆汁用飼育の実態
熊胆汁用飼育は、韓国以外にもアジア諸国で長らく行われてきました。これらの国々は法制度、規模、運営形態が大きく異なります。
■ 中国:最大規模の産業
中国は熊胆汁用飼育が合法的に行われている最大の国であり、何十ものライセンス取得農場で約20,000頭以上の熊が飼育されていると報告されています。(*2)(*7)
世界動物保護団体の報告によりますと、この産業は10億米ドル(約1500億円)規模(1兆ウォン超)のビジネスとなっており、国内市場向け伝統医薬品の原料として流通しています。しかし、代替技術の発展や代替胆汁製品の開発が進むことで、業界内でも変化の兆しが見えつつあるとされています。(*2)
また、熊胆汁生産に関する国際的批判が高まり、政府による合成・代替胆汁製品の承認プロセスの支援政策も進められているという報告もあります。(*2)
■ ベトナム:法的禁止ながら実態は残る
ベトナムは、2005年に熊胆汁の採取と取引を禁止しましたが、熊を飼育すること自体は法的に可能なため、熊が農場に残される実態が続いていると報告されています。(*2)(*8)
現地の動物保護団体は、熊胆汁取得行為が違法であるにもかかわらず、違法市場や地下取引が存在し、依然として熊が苦しんでいると指摘しています。また、ベトナムには複数の熊保護センターがあり、救出された熊を収容している例もあります。(*8)
■ ラオス・ミャンマー:小規模ながら存在
ラオスではおよそ100頭程度の熊が小規模な農場に閉じ込められており、ミャンマーの国境地域でも中国向けの需要を背景とした熊胆汁関連の商取引が行われているという調査報告があります。(*2)(*7)
これらの国では野生から捕獲された熊が農場に入れられるケースもあり、地域の生態系と絶滅危惧種保全の観点から懸念があると指摘されています。
熊胆汁用飼育に対する批判・国際的な反応
■ 動物福祉の視点
熊胆汁用飼育はその残虐性が国際的な動物福祉団体から一貫して批判されてきました。世界動物保護団体は、この慣行が熊に生涯にわたる肉体的苦痛と心理的損傷を与えるとし、代替胆汁の利用と禁止を訴えています。(*2)
この批判は熊の権利と尊厳の問題だけでなく、伝統医療の現代化、文化的慣行と倫理の衝突という大きな議論へと発展しています。
■ 国際社会の動き
国際連合やCITES(絶滅のおそれのある野生動植物種の国際取引に関する条約)加盟国は、熊製品の国際取引を禁止していますが、飼育そのものが国内で合法的に行われる場合には規制が難しい側面もあります。
韓国の撤退は、国際的な動物福祉の進展として歓迎される一方、中国の状況が依然として大きな課題として残ります。このため、国際的なNGOや動物愛護団体は中国政府に対しても禁止や規制強化、代替技術の推進を促しています。(*2)
今後の見通しと課題
■ 韓国の取り組みと課題
韓国では2026年の全面禁止を機に、熊保護施設の整備と熊の余生を支える社会基盤作りが急務となっています。政府の支援、動物保護団体の協力、公的・民間保護施設との連携が不可欠です。
また、熊胆汁の替代品の普及と、伝統医薬文化の現代化を進めることで、根本的な需要削減にも取り組む必要があります。
■ 世界的な課題
中国をはじめとして熊胆汁用飼育が依然合法な国々では、代替胆汁製品の普及、飼育廃止・禁止の法制度整備、既存農場から熊を救出するための包括的計画が必要です。また、熊胆汁製品に対する消費者の意識変革と教育も重要な要素とされています。
おわりに
韓国が熊胆汁用飼育を2026年に全面禁止する決定は、長年に及ぶ動物福祉運動の大きな成果であり、国際社会における慣行改善の大きな一歩となりました。ただし世界全体ではまだ多くの熊が苦しみ続けており、法制度・社会意識・代替技術のいずれにおいても改善の余地があります。熊の尊厳ある生を守るため、さらなる国際的な連携と政策対応が求められています。
熊胆関連ニュース
2023.12.21 23年間、1坪の檻に閉じ込められ、胆汁を取られた熊…韓国の飼育農場を脱走、2時間の“自由”の後、射殺
https://www.afpbb.com/articles/-/3497270
2019.12.22 急増する野生動物密売、熊胆の密猟が「一大産業」に インド
https://www.cnn.co.jp/world/35146731.html
2015.2.4 クアンニン省:農場のクマが餓死、「熊胆」ツアー禁止で世話放棄
https://www.viet-jo.com/news/social/print_150203041823.html
2014.1,21 「熊胆」目当てのクマ農場ツアーを禁止
https://www.viet-jo.com/news/social/140117074606.html
2012.2.20 高級漢方薬「熊胆」、残酷な採取法に虐待の声―中国
https://www.recordchina.co.jp/b58898-s0-c30-d0000.html
参照リスト
- World Animal Protection – End the Bear Bile Industry(熊胆汁飼育の概要)
https://www.worldanimalprotection.org/bear-bile/ - South China Morning Post – South Korea officially bans bear bile farming(韓国禁止決定)
https://www.scmp.com/news/asia/east-asia/article/3338195/south-korea-officially-bans-bear-bile-farming-200-asiatic-black-bears-limbo - Korea JoongAng Daily – Bear farming to be completely banned(禁止法改正と背景)
https://koreajoongangdaily.joins.com/news/2025-12-31/national/environment/Bear-farming-to-be-completely-banned-nationwide-starting-Jan-1-2026/2490358 - World Animal Protection press release – South Korea announces end(合意と法改正の起点)
https://www.worldanimalprotection.org/latest/news/south-korea-announces-end-bear-bile-farming/ - ABC News – South Korea bans bear bile farming(罰則と農家反応)
https://www.abc.net.au/news/2025-12-30/south-korea-bans-bear-bile-farming/106188716 - Korean Ministry of Environment – 熊保護施設と立法措置(公式情報)
https://www.me.go.kr/eng/web/board/read.do?boardId=1832620&menuId=2225 - World Animal Protection & Cruelty Reports – 中国の熊胆汁飼育規模
https://www.worldanimalprotection.org/bear-bile/ - Mongabay – Illegal trade persists despite Vietnam ban
https://news.mongabay.com/2016/11/illegal-trade-in-bear-bile-persists-in-vietnam-despite-ban/

