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「畜産の社会的価値」とは誰のための価値なのか

目次

――動物の権利の視点から見た研究開発プラットフォーム構想への考察

はじめに

2025年12月、農研機構などが中心となり、「畜産の新たな社会的価値創出」を目的とした研究開発プラットフォームの設立が報じられました(*1)。
この構想は、アニマルウェルフェア(動物福祉)や消費者意識の変化を軸に、畜産の持続可能性や社会的評価を高めることを目指すものとされています。

一見すると前向きに見えるこの動きは、動物福祉の議論を社会の表舞台に押し上げる点では一定の意義があります。一方で、動物の権利という視点から見ると、「社会的価値」とは誰のための価値なのか、そしてその議論の中で動物自身の存在がどのように位置づけられているのかという問いが浮かび上がります。


動物福祉は「今、社会で実現可能な一歩」

動物福祉(Animal Welfare)は、動物が不必要な苦痛や恐怖、ストレスから解放され、一定の生活の質を確保されることを目指す考え方です。国際的には「5つの自由」が広く共有され、最低限守られるべき基準として位置づけられています(*2)。

動物の権利(Animal Rights)という理念が、動物を人間の利用対象としてではなく、固有の価値を持つ存在として捉えることを目指す「理想」であるとすれば、動物福祉は、現実の社会の中で今すぐ取り組むことのできる、具体的かつ実践的な一歩であるとも言えます。

ヘルプアニマルズの立場としても、最終的な理想は動物の権利が尊重される社会である一方で、現状においては、まず動物福祉の向上を着実に進め、動物たちの苦痛を一つずつ減らしていくことが重要だと考えています。その意味で、今回のプラットフォーム構想が動物福祉に言及している点自体は、決して否定されるものではありません。

ただし重要なのは、動物福祉が「産業の価値を高めるための手段」にとどまらず、動物そのものの苦しみを減らすための実質的な改善につながるかどうかです。


日本の畜産と動物福祉の構造的課題

日本には動物愛護管理法がありますが、畜産動物に対する具体的かつ拘束力のある福祉基準は極めて限定的です(*4)。
欧州などでは、飼育密度、移動、屠殺方法に関する最低基準が法的に定められているのに対し、日本では多くが努力義務や業界の自主的対応に委ねられています。

そのため、「消費者の理解」や「価値創出」に期待するアプローチだけでは、畜産現場での実質的な改善を安定して実現することは困難です。法的な裏付けのない福祉向上は、経済効率やコスト削減の圧力の前で後退しやすく、動物の待遇は常に不安定な立場に置かれ続けます(*5)。


国際的潮流:福祉強化の進展と残された課題

欧州連合(EU)では、ケージ飼育の廃止や生体輸送規制など、畜産動物の福祉をめぐる制度改革が段階的に進められてきました(*6)。
しかしその一方で、長距離の生体輸送や集約的畜産による深刻な苦痛は、国際的にも繰り返し問題視されています(*7)。

このことは、動物福祉が制度として存在していても、それが十分に機能しなければ、動物の苦しみは見えにくい形で温存されてしまうことを示しています。日本が「国際水準」を掲げるのであれば、表面的な評価ではなく、実態としての改善が伴っているかが厳しく問われるべきです。


「社会的価値創出」という言葉への問い

今回の構想では、「畜産の社会的価値」を消費者の共感や選択行動と結びつける姿勢が強調されています(*1)。
しかし、ここで注意すべきなのは、社会的価値が「安心して消費できる」「納得して購入できる」といった、人間側の満足に偏っていないかという点です。

動物福祉が改善されたとしても、動物が殺され、商品として消費される構造自体は変わりません。その現実を直視しないまま「価値」を語ることは、動物の犠牲を不可視化する危険性をはらんでいます。


動物福祉を実効性あるものにするために

動物福祉を本当に意味のあるものとするためには、

  • 畜産動物に対する最低福祉基準の法制化
  • 違反に対する監視・罰則の整備
  • 情報開示と第三者による検証
    といった制度的裏付けが不可欠です(*8)。

消費者の意識変化だけに責任を委ねるのではなく、社会全体として「動物の苦痛を許容しない仕組み」を構築することが求められています。


おわりに

畜産の「社会的価値」を問い直そうとする動きは、確かに社会の変化を映すものです。しかし、その価値が人間側の都合や安心感だけに基づくものであれば、動物の立場は依然として周縁に置かれたままです。

動物福祉は、理想ではなく、今この社会で実行可能な最低限の責任です。その一歩を確実に積み重ねながら、将来的には動物の権利が正面から議論される社会へと進んでいくことが求められています。


reference(参考一覧)

  1. 畜産の新たな社会的価値創出へ 研究開発プラットフォーム設立|JAcom 畜産の情報
    https://www.jacom.or.jp/niku/news/2025/12/251218-86398.php
  2. Farm Animal Welfare – Five Freedoms|FAWC(英国)
    https://www.gov.uk/government/publications/fawc-report-on-farm-animal-welfare
  3. Animal Rights|Encyclopaedia Britannica
    https://www.britannica.com/topic/animal-rights
  4. 動物の愛護及び管理に関する法律|環境省
    https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/1_law/
  5. OECD Environmental Performance Reviews: Japan
    https://www.oecd.org/environment/country-reviews/japan/
  6. Animal welfare rules|European Commission
    https://food.ec.europa.eu/animals/animal-welfare_en
  7. Live animal transport and welfare|World Animal Protection
    https://www.worldanimalprotection.org/latest/our-work/animals-in-the-food-industry/live-export
  8. FAO. Animal Welfare and Sustainable Livestock Systems
    https://www.fao.org/animal-welfare/en/
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