イギリス政府が、科学分野における動物利用を段階的に減らし、長期的にはフェーズアウトを目指す方針を明確に打ち出しました。
この記事では、その新しい工程表(ロードマップ)のポイントや背景、代替法の中身、日本や研究現場へのインパクトについて、動物福祉の観点から分かりやすく整理してご紹介します。(*1)
イギリス政府が打ち出した「動物実験フェーズアウト・ロードマップ」とは
2025年11月、イギリス政府は「Replacing animals in science(科学における動物利用の代替)」という戦略と、その実行のためのロードマップを公表しました。(*1)(*2)
この戦略は、「科学における動物の利用を、例外的な場合を除き、段階的に減らし、長期的にはフェーズアウトする」というビジョンを掲げ、そのために代替法(NAMs:New Approach Methodologies)の開発と普及を国家レベルで後押しする内容になっています。(*2)(*3)
イギリスはもともと3Rs(Replacement・Reduction・Refinement)の推進に積極的で、NC3Rs(動物実験代替推進のナショナルセンター)を早くから設立してきた国ですが、今回のロードマップは、「動物実験を減らす」段階にとどまらず、「動物実験のフェーズアウト」を長期目標として明確に位置づけた点に特徴があります。(*1)(*2)(*3)
7,500万ポンドの投資:お金はどこに使われるのか
今回のロードマップでは、新たに総額7,500万ポンド(約153億円)が投入されると報じられました。(*1)(*4)(*5)
そのうち約6,000万ポンドは、代替法のデータ・技術・人材を集約する新しい「ハブ」と、代替法の規制受け入れを支援する枠組みやセンター(UK Centre for the Validation of Alternative Methods:UKCVAM など)の機能強化に充てられるとされています。(*1)(*4)(*5)(*6)
この「ハブ」は、研究者・企業・規制当局が同じ情報基盤を共有し、代替法のバリデーションやデータ共有を加速させることを目的としています。(*1)(*4)
また、医療研究会議(MRC)やイノベートUK、ウェルカム・トラストなども追加資金を投じ、オルガノイド、organ-on-a-chip、AIによる毒性予測など、動物を使わない新技術の開発を支援することが発表されています。(*2)(*4)(*6)
いつ何を見直すのか:具体的なタイムライン
このロードマップの大きな特徴は、「いつまでに、どの動物試験を規制上不要にしていくか」という点について、比較的具体的な期限付きで方向性を示していることです。(*1)(*5)(*7)(*8)
- 2026年末まで
イギリス政府は、皮膚刺激、眼刺激、皮膚感作(アレルギー性皮膚反応)などを評価するための規制目的の動物試験について、原則として終了し、すでに国際的に確立しつつある in vitro 試験や、OECDテストガイドラインに準拠した代替法へ移行する方針を示しています。(*1)(*5)(*7)(*8) - 2027年まで
ボツリヌス毒素製品(いわゆるボトックスなど)のロットごとの安全性確認に用いられてきた「マウス致死試験(LD50)」については、非動物試験法(細胞ベース法やDNAベース法など)への置き換えを進め、動物試験を用いない評価への移行を目指す計画です。(*4)(*5)(*7) - 2030年まで
犬およびヒト以外霊長類(サル類)を用いた薬物動態試験については、その必要性を厳格に精査し、代替法への置き換えを進めることで、大幅な削減を目指すとされています。(*1)(*4)(*5)(*7)
完全廃止とまでは明言されていませんが、「例外的状況を除き、原則として代替法を用いる」という方向性へ舵を切ることが明確に示されています。(*2)(*3)
このように、単なる努力目標ではなく、試験分野ごとに期限や優先順位を示している点は、各国の政策の中でも踏み込んだ特徴だといえます。(*1)(*5)(*7)
どんな代替実験法が想定されているのか
イギリス政府の発表や関連解説では、「New Approach Methodologies(NAMs)」として、以下のような技術が例示されています。(*1)(*2)(*5)(*8)(*9)
- 3次元培養・オルガノイド
ヒト細胞やiPS細胞から作られたミニ臓器モデルを用い、毒性や薬効を評価する技術です。(*2)(*5) - Organ-on-a-chip(臓器チップ)
ヒト細胞をマイクロ流体デバイス上で培養し、血流やせん断応力など生体に近い環境を再現することで、より現実的な応答を得る方法です。(*1)(*5)(*6)(*8) - AIと in silico モデリング
化学物質や医薬品候補の構造データ、過去の毒性・薬理データを学習させたAIを用い、ヒトへの影響を予測する手法です。(*1)(*2)(*10)(*8) - 高度化した in vitro 試験バッテリー
皮膚刺激性、眼刺激性、感作性などについては、すでにOECDテストガイドラインとして承認された非動物試験が存在しており、これらを組み合わせることで、従来の動物試験と同等以上の判断が可能だとされています。(*5)(*7)(*8)
イギリス政府は、これらの技術を単なる研究手法ではなく、「規制当局が正式に受け入れる標準的評価法」として定着させることを目標としています。(*1)(*2)(*3)
戦略のビジョン:3Rsから「完全代替」を目指す方向へ
戦略文書では、「長期的には、例外的な場合を除き、科学における動物利用をなくす世界を目指す」というビジョンが示されています。(*2)(*3)
従来の3Rs(Replacement・Reduction・Refinement)を引き継ぎつつも、とくに「Replacement(完全代替)」を最終的な到達点として強調している点が特徴です。(*2)(*3)
また、「動物実験を減らすこと」自体を目的とするのではなく、「少なくとも同等、あるいはそれ以上の科学的・規制的信頼性を、非動物法によって実現すること」を並行して追求すると明言されています。(*2)
これは、「動物福祉」と「科学の質・ヒトの安全性」を対立させるのではなく、両立・向上させるという発想に基づくものです。(*2)(*3)
日本や研究現場へのインパクト
イギリスのこの動きは、一国の政策にとどまらず、OECD試験ガイドラインや国際的な規制調和にも影響を与える可能性があります。
皮膚・眼刺激、皮膚感作、ボツリヌス毒素試験、犬・霊長類を用いる薬物動態試験といった具体的分野が示されたことで、他国においても同様の見直しが進むことが予想されます。(*1)(*5)(*7)(*8)
日本でも、OECD TGに基づく代替法はすでに一部導入されていますが、「いつまでに何を見直すか」という明確な工程表は示されていません。(*2)(*5)
その意味で、今回のロードマップは、日本の行政・産業界・研究機関にとっても重要な参照事例になると考えられます。(*2)(*3)
動物福祉・市民社会からの評価
この戦略とロードマップは、動物福祉団体やライフサイエンス関連団体から「野心的でタイムリー」と評価されています。(*1)(*7)
一方で、すべての分野で代替法が十分に成熟しているわけではないことから、「実装までに要する時間」や「現場への影響」を懸念する慎重な声もあります。(*1)(*10)
それでも、政府が明確なビジョン、資金、工程表を示したことで、抽象的な議論から、具体的な技術開発・制度設計の議論へとフェーズが移りつつあります。(*1)(*2)(*4)
これは、動物実験に批判的な立場だけでなく、これまで動物実験に依存してきた研究者にとっても、研究計画や投資判断を見直す契機になると考えられます。(*1)(*2)(*4)
まとめ:動物実験の「終わらせ方」を示す一つのモデル
今回のイギリスのロードマップは、「動物実験を減らす」と掲げるだけでなく、
- 期限を伴うマイルストーンを示す
- 代替法のための大規模投資とインフラ整備を同時に行う
- 規制当局の受け入れを前提とした「実装可能な代替法」を育てる
という三点をセットで打ち出している点に大きな意義があります。(*1)(*2)(*5)
動物福祉の観点から見ると、この動きは、高次動物の使用削減に直結するだけでなく、安全性評価や毒性試験の枠組みそのものを、人中心・データ中心へ再設計していく試みともいえます。(*2)(*5)
今後、日本を含む各国がどのようにこの動きに応答し、独自の工程表を示していくのか、引き続き注目されます。(*2)(*3)(*5)
参照リスト
(*1)UK Government, “Animal testing to be phased out faster as UK unveils roadmap for alternative methods”
https://www.gov.uk/government/news/animal-testing-to-be-phased-out-faster-as-uk-unveils-roadmap-for-alternative-methods
(*2)UK Government, “Replacing animals in science: a strategy to support the phasing out of animal use in science”
https://www.gov.uk/government/publications/replacing-animals-in-science-strategy/replacing-animals-in-science-a-strategy-to-support-the-phasing-out-of-animal-use-in-science
(*3)UK Government, “Replacing animals in science strategy”
https://www.gov.uk/government/publications/replacing-animals-in-science-strategy
(*4)The Chemical Engineer, “UK commits £75m to phasing out animal testing”
https://www.thechemicalengineer.com/news/uk-commits-75m-to-phasing-out-animal-testing/
(*5)CIRS Group, “UK Releases Roadmap for Alternatives to Animal Testing”
https://www.cirs-group.com/en/chemicals/uk-releases-roadmap-for-alternatives-to-animal-testing
(*6)CN Bio, “UK Plans to Phase Out Animal Testing Faster in Favor of Alternative Methods”
https://cn-bio.com/uk-plans-to-phase-out-animal-testing-faster-in-favor-of-alternative-methods/
(*7)Global Cosmetics News, “UK Unveils Accelerated Roadmap to Phase Out Animal Testing”
https://www.globalcosmeticsnews.com/uk-unveils-accelerated-roadmap-to-phase-out-animal-testing/
(*8)DevelopmentAid, “UK unveils roadmap to phase out animal testing with alternatives like organ-on-a-chip and AI by 2026”
https://www.developmentaid.org/news-stream/post/201869/uk-animal-testing-roadmap-alternatives-organ-chip-ai-2026
(*9)UK Government(PDF), “Replacing animals in science”
https://assets.publishing.service.gov.uk/media/690e078743f8a163237298f4/replacing_animals_in_science_strategy-print-version.pdf
(*10)The Register, “UK unveils plans to replace animal testing with alt methods”
https://www.theregister.com/2025/11/11/uk_gov_animal_testing_alt_plans/

