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日本の毛皮産業 ― 過去・現在・そして「見えなくなった現実」


目次

はじめに

日本の毛皮産業は、明治期に始まり、戦争を背景に拡大し、戦後に最盛期を迎えたのち、輸入自由化と価格競争によって急速に縮小しました。現在、国内での大規模な毛皮動物の飼育はほぼ消えていますが、毛皮そのものの消費は止まっていません。
本稿では、日本における毛皮産業の成り立ちから衰退、そして現在に至るまでを、産業史・戦争史・教育史・流通史の観点から整理し、なぜ「生産が見えなくなった今も消費が続くのか」を読み解きます。


毛皮自由化と国内農場の終焉

1961年、日本で毛皮の輸入が自由化されると、国外から安価な毛皮が大量に流入しました。とくに2000年前後から中国製品が増え、国内農場は価格競争に耐えられなくなります。
そして2016年、新潟県で操業していた最後のミンク農場の廃業をもって、日本の毛皮動物の大規模飼育は事実上終焉します。
現在、日本で販売されている毛皮製品の多くは輸入品です。生産は国外へ移り、国内では「消費」だけが残りました。


戦争がつくった毛皮需要 ― 国家動員としての毛皮

日本の毛皮産業の発展を語るうえで、戦争は避けて通れません。
日清・日露戦争、第一次世界大戦、日中戦争、太平洋戦争といった一連の戦争において、毛皮は兵士の防寒具として重視され、国家主導で調達体制が整えられました。

第二次世界大戦末期には、

「飼い犬・飼い猫を供出せよ」
という命令が出され、一般家庭のペットが毛皮目的で徴収されました。
この事実は、実録や絵本、映画などを通じて今日まで伝えられています。毛皮はもはや個人の嗜好品ではなく、国家の戦争遂行を支える資源だったのです。


学校教育に組み込まれた毛皮生産

1920年代、全国の小学校でウサギ飼育が始まります。表向きは「情操教育」でしたが、実態は毛皮供出のための繁殖でした。
育てられたウサギは業者へ売られ、売却益は学校予算に組み込まれました。
子どもたちが日常的に世話した動物が、産業と戦争に組み込まれていく――この事実は、日本社会に深く毛皮産業が浸透していたことを示しています。


野生動物から始まった毛皮産業

毛皮産業の初期に犠牲となったのは野生動物でした。クマ、イタチ、オコジョ、カワウソ、ラッコ、アザラシ、チンチラなどが乱獲され、絶滅や激減に追い込まれます。

ニホンカワウソの絶滅

1940年代、乱獲によりニホンカワウソは絶滅。政府は保護法を制定したものの、対応は遅すぎました。

アザラシ猟

北海道周辺では昭和中期まで商業的なアザラシ猟が行われ、最盛期には年2,500頭規模で捕獲。毛皮のみならず油脂や革製品としても利用されました。


飼育への転換 ― ウサギ・キツネ・ミンク

野生資源の枯渇により、毛皮産業は養殖へ移行します。
1915年にはキツネの飼育が始まり、1928年にはミンクが導入。戦後、とくに1950年代以降、養殖は全国に拡大。

最盛期の規模

  • ミンク農場:400以上
  • キツネ農家:3,000戸以上
  • ミンク飼育数:約90万頭(1982年)
  • ミンク毛皮生産:約66万枚(同年)

毛皮動物の殺し方(記録に残る事実)

毛皮は傷をつけずに得ることが重視され、殺し方もそれに合わせて工夫されてきました。

キツネ

感電、圧殺(叉木)、毒殺(硝酸ストリキニーネ)

ミンク

頚椎脱臼、毒殺
殺した直後、体温があるうちに皮が剥がれました。


流通と市場 ― 札幌オークションの時代

かつて札幌には4つの毛皮オークション会社が存在。
流通は、
生産者→農協→オークション→原皮問屋→なめし→卸→小売→消費者
という長い経路を取り、巨大産業として機能していました。


市場のピークと崩壊、そして再編

1984年、輸入額は約663億円でピーク。1986年には単価暴落が起き、1990年代に国内農場はほぼ消滅します。

2000年代以降、「毛皮のコート」から「衣類の一部として使われる毛皮」へと形を変え、市場は見えにくい形で維持されてきました。
推計では現在も小売ベースで1,000億円規模とされますが、混合素材化により公式統計に現れにくくなっています。


餌と捕鯨の接点

毛皮農場の餌にはクジラ肉、家畜の廃棄部位、魚が使われました。
北海道や捕鯨・イルカ猟地域に毛皮産業が集中した背景には、餌資源へのアクセスがありました。
同様の構造はロシアにも見られ、先住民枠で捕獲された鯨が国営農場の餌に使われてきた例が報告されています。


現在 ― 生産が消え、消費だけが残る

日本国内に毛皮農場はほぼ存在しません。しかし、百貨店やECサイトでは毛皮製品が売られ続けています。
苦しみは国外へ移って見えなくなっただけで、消費は続きます。
私たちが直面しているのは、「知らないまま消費できてしまう」構造です。


おわりに

本稿は、毛皮産業を断罪するためのものではありません。
日本で何が起き、どう変わったのかを記録として残すことが目的です。
知ることは選ぶことにつながります。過去を知り、現在を理解し、未来の選択を考える――その一助になれば幸いです。


参照リスト

  1. ニホンカワウソの絶滅(環境省・各種資料)
    https://www.env.go.jp/
  2. アザラシ猟の歴史(Wikipedia: Japanese seal hunting)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/アザラシ猟
  3. 日本の毛皮輸入統計(財務省・貿易統計)
    https://www.customs.go.jp/toukei/info/index.htm
  4. 戦時下の犬猫供出に関する記録(井上こみち『犬やねこが消えた』学研教育出版)
  5. 日本の毛皮オークション史(北海道関連資料)
  6. ロシアの毛皮産業と捕鯨の関係(IWC関連資料)
    https://iwc.int

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