― 生産、飼育、競走、輸出、馬肉、と畜、サンクチュアリまで「馬の一生」を追う ―
はじめに:競馬の華やかさの裏で何が起きているのか
競馬は日本で長く愛されてきましたが、その裏には「生産」「調教」「競走」だけでなく、「引退後の行き先」「輸出」「と畜(馬肉)」「サンクチュアリ(余生の保護)」など、複雑で現実的な課題が存在します。
サラブレッドはスポーツ産業の中心でありながら、家畜として処理される存在でもあります。
この二面性は、国内外を問わず議論の対象となっており、動物福祉(アニマルウェルフェア)の観点から、その一生をどのように扱うべきかが問われています。
本記事では、2023年以降に更新された最新の信頼性の高い公的データ・研究機関・主要報道を用いて、日本と海外の「競馬・馬肉・馬の福祉」の実態を総合的に解説します。
サラブレッドの生産 ― 日本はサラブレッド生産頭数で世界第3位
日本の競走馬生産の規模
日本中央競馬会(JRA)と農林水産省の統計によると、近年は世界有数の生産国とされ、日本はアメリカ・オーストラリアに次ぐ第3位規模と報告されることが多い。(*1,*2)。
「年間5,000〜6,000頭ほどのサラブレッドが北海道で生産され、繁殖牝馬・種牡馬・育成牧場が高度に集積した産業構造を形成しています。
外国産種牡馬・精液の導入
海外からの種牡馬輸入や凍結精液の利用も増えており、競走成績や血統競争が国際化しています(*1)。
生産の現場では、繁殖サイクル、母馬の栄養管理、若駒育成など高度な技術が求められています。
海外との比較
米国ではUSDAの畜産統計によって、家畜馬の総頭数が減少していることが示されています(*7)。
英国や欧州では、BHA(英国競馬協会)をはじめ、繁殖段階から福祉基準を設定する取り組みが進んでいます(*8)。
競走馬の育成・調教と福祉
調教環境とリスク
JRAは調教設備の改善や獣医体制の強化を進めており、
- 骨折リスク
- 熱中症
- 調教過多
などのリスク管理が公表されています(*3)。
科学研究による安全性の向上
東京大学医学部の2023–2024年の研究では、競走馬の骨折メカニズムがヒト医学の研究手法を応用して解析され、競走中の事故防止に貢献しています(*4)。
海外では法整備が進む
国外では、
- 英国BHAの包括的福祉ガイドライン(*8)
- オーストラリア Racing Australia の福祉規定(*10)
- 米国はHISA法により、全国的な安全基準の整備を進めている(*9)
といった制度整備が進み、レース安全性・薬物規制・体調管理の厳格化が行われています。
引退馬の行き先 ― 日本最大の課題
競走馬の余生はどうなるのか
日本では年間5,000頭以上がデビューし、毎年大量の馬が引退します。
しかし、引退後の行き先は必ずしも明確ではなく、農林水産省や主要報道機関の調査によると、
- 2〜3割:乗馬・競技馬へ再転用
- 残りの多くは行き先不明、または食肉処理場へ
という現状があります(*3,*5,*6)。
行き先のトレーサビリティ不足は、動物福祉上の最大の課題として指摘され続けています。
日本国内の保護団体
引退馬協会による第2の馬生プロジェクト(*5)は、引退馬の余生を支える取り組みとして注目されていますが、
- 受け入れ頭数が限られている
- 経済的な支援が不足している
という課題も残っています。
海外のサンクチュアリは大規模・政府連携型
英国のThe Horse Trust(*11)や米国のAmerican Horse Council(*12)は、主要団体の一つであり、制度的な枠組みづくりに関わっています。
- 寄付文化の定着
- 政府や自治体との連携
- 高齢馬の医療研究
日本との差は非常に大きく、「余生の制度化」は今後避けられない課題です。
馬肉産業と競走馬の接続
日本の馬肉市場の実態
農林水産省の統計によると、日本では年間約1万頭がと畜処理されており(*2)、この中には引退競走馬も一定数含まれています。
衛生・と畜基準
馬肉は牛肉・豚肉と同様に、と畜場で厳しい衛生管理のもと処理されます。食品安全委員会は「馬肉の安全性」に関する基準を公開し、
- と畜前の健康確認
- 解体設備の衛生基準
を規定しています(*13)。
国際的な馬肉貿易の問題
カナダやベルギーから輸入される加工馬肉には、EUがトレーサビリティ規制を強化しており、
「生産履歴が追えない馬の輸入制限」が問題提起されています(*14)。
日本の馬肉流通においても、これと同様の透明性向上が求められています。
輸送と国際取引 ― 長距離輸送は最重要の福祉課題
日本の馬輸出
日本からは毎年、
- 韓国
- 香港
- シンガポール
などに繁殖馬・競走馬が輸出されています(*1)。
海外が警告する「長距離輸送リスク」
豪州農務省(*15)やEU規制(*16)は、輸送に伴う
- 脱水
- 熱中症
- 粘膜炎症
- 免疫低下
などのリスクを強く指摘し、輸送時間の制限を設けています。
OIE(国際獣疫機関)も、馬の長距離輸送は「重大な福祉リスク」を含むと明記しています(*17)。
日本は輸送ガイドラインがあるものの、国際基準ほど厳密ではないとされています。
日本は世界の基準に追いつけるのか
海外の動き
- 英国:競走から余生まで網羅した「生涯福祉戦略」(*8)
- EU:長距離動物輸送の規制強化(*16)
- 米国:HISAが全国統一の安全基準を制定(*9)
- RSPCA:福祉基準の啓発と監視活動(*18)
日本の現状
日本では、
- 業界団体ごとの取り組みが中心
- 法制度としての「馬の福祉法」は存在しない
- 引退馬管理が個人努力に依存
という点から、海外と比べると遅れが目立ちます(*6)。
しかし、引退馬協会や民間のサンクチュアリが増えつつあり、社会的関心は確実に高まっています。
まとめ ― これから必要な「馬の一生の全体管理」
本記事で見てきたように、競走馬の一生は「競馬場で走る時間」よりも圧倒的に長く、その大半は生産・調教・輸送・引退・老後に費やされます。
日本の今後の課題としては、
- 生産から余生までのトレーサビリティ整備
- 引退馬の受け皿の拡大
- 輸送・長距離移動の国際基準への適合
- 馬肉産業との関係性の透明化
- 公的資金や制度によるサンクチュアリ支援
が挙げられます。
海外ではすでに「生涯福祉」が前提になっており、日本もこの方向へ移行することが求められています。
競馬ファン、産業関係者、行政が一体となり、競走馬が最後まで尊厳をもって生きられる社会をつくることが、今後の大きなテーマだといえます。
動画
この動画は、日本の馬のと畜場におけると畜・取り扱いの実態を短くまとめて告発する内容です。
動画はPETA Asiaによる2009年の日本の馬と畜場の潜入調査映像で、短縮版として編集されています。
主に食肉用とされる馬がと畜前後にどのように扱われているかを示しています。
馬の扱いとと畜過程
馬が狭いスペースに追い込まれ、恐怖や抵抗を示している様子、また電気ショックや打撃などで取り扱われる場面が映されます。
映像からは、意識が完全に喪失していない可能性がある状態で放血・解体工程に移されるように見える場面があり、動物福祉上の重大な懸念が示唆されています。
出典:PETAアジア(PETA Asia Japan)
この動画は、アメリカで行われている無規制の地下競馬において、馬たちが薬物と暴力にさらされながら命を削られている実態を告発する短い映像です。
コカインやメタンフェタミンなどの薬物を注射された馬が、違法ギャンブルのために全力疾走を強いられ、倒れ、死んでいく様子が強調されています。
同時に、こうした危険で非人道的なレースに関与する騎手・調教師・馬主を禁止するよう、アメリカンクォーターホース協会(AQHA)に働きかける行動を視聴者に求める内容となっています。
このショート動画は、アメリカ・カリフォルニア州ロスアラミトス競馬場で相次いでいる致命的な故障事故の一場面を映し出し、競走馬が命を落としている現状を伝える警鐘的な映像です。
競馬場の馬についての記事紹介
ロスアラミトス競馬場について
【海外競馬情報】ロスアラミトス競馬場、相次ぐ事故を受けて安全対策を大幅強化へ
ロスアラミトス競馬場の安全性をめぐる問題として詳細な解説を行っているnote記事でも取り上げられており、競馬産業における安全対策や規制の課題がより立体的に理解できます。
この記事は、カリフォルニア州ロスアラミトス競馬場でクォーターホース3頭が相次いで故障・安楽死となった事態を受け、州の競馬委員会が同競馬場に対し獣医師の増員やレース中の常駐、馬用救急車の2台体制、関節内注射の制限、毎週の状況報告ミーティング義務化など踏み込んだ安全対策の即時強化を求めたこと、競馬場側もこれを全面受け入れ「馬と人の安全最優先」を掲げたことを紹介しています。
併せて、同競馬場では年内だけで19頭の筋骨格系死亡事故が発生し、過去にも死亡事故の多さから免許停止などの厳しい措置や馬場再点検・器具廃止・装蹄規制強化といった改革を重ねてきたにもかかわらず事故が続いている現状を指摘し、海外では競馬場の運営免許に関わるレベルの厳格な安全体制づくりが求められており、今回の動きがより安全なレース環境につながるか注目されているとまとめています。
参照リスト
(*1)https://jra.jp 「競走馬生産・統計」
(*2)https://www.maff.go.jp 「畜産物流通統計(馬肉)」
(*3)https://jra.jp 「馬の安全管理・獣医関連情報」
(*4)https://www.u-tokyo.ac.jp 「医学部:競走馬の骨折研究」
(*5)https://rha.or.jp 「引退馬協会:プロジェクト紹介」
(*6)https://www3.nhk.or.jp/news 「引退馬の行き先調査報道」
(*7)https://www.usda.gov 「Horse Industry Statistics」
(*8)https://www.britishhorseracing.com 「Horse Welfare Strategy」
(*9)https://www.hisaus.org 「HISA法公式資料」
(*10)https://racingaustralia.horse 「Welfare & Regulations」
(*11)https://horsetrust.org.uk 「The Horse Trust:保護プログラム」
(*12)https://horsecouncil.org 「American Horse Council」
(*13)https://www.fsc.go.jp 「食品安全委員会:馬肉衛生基準」
(*14)https://ec.europa.eu/food 「EU 馬肉トレーサビリティ規制」
(*15)https://agriculture.gov.au 「馬の輸送ガイドライン」
(*16)https://europa.eu 「EU動物輸送規制」
(*17)https://www.woah.org 「OIE:動物輸送ガイドライン」
(*18)https://www.rspca.org.uk 「RSPCA Horse Welfare」
(*19)https://www.cbc.ca/news 「カナダ馬肉輸出の調査報道」
(*20)https://www.bbc.com/news 「競走馬産業に関する調査報道」

